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2008年3月21日 (金)

松山から尾道・鞆の浦へ

今日は、松山から鞆の浦へ行き、尾道へ泊まるべく移動する。
まず、朝に松山のロープウエー街にある、J・H・モーガンが設計したという門を見にいく。
21_01 松山のロープウエーの駅の近くにある東雲学園と言う女子中学・高校の門で、かなり和風なつくりになっています。
色々と調べてみると、どうもこの門の奥にヴォーリズが設計した建物まで残っているらしい…。
流石に場所が場所だけに堂々と入って行って職員室に言ってお願いをするのには気が引けますし、ヴォーリズ建築なりモーガン建築であれば、何とかすれば公式ルートで見学できるだけのツテはつかめそうなので、今回はこれで引き返すことにしました。
なんでも、『坊ちゃん』が書かれた頃からあったらしく、坊ちゃんのマドンナはここの卒業生がモデルらしい…。
『坊ちゃん』の最終結末は、学校の先生を辞めて鉄道会社の技手になると言うものなのですが、この結末が夏目漱石が鉄ちゃんだったという説に繋がっていたりします。
そのあと、古町車庫周辺で写真を撮りつつ松山市駅へ。
松山市駅からは、高速バス『キララエクスプレス』で新尾道へ。
松山から今治方面と言うと、伊予鉄横河原線のほうから今治を目指すかと思ったら、ずっとJR予讃線に沿って走り、今治インターからしまなみ海道に入る。
21_05 途中、来島海峡のサービスエリアの中を走っているときに撮影した来島海峡大橋です。
こういうところで、普段見慣れてるアルピコグループのダイナミックストライプを見てしまったのにはちょっと驚いてしまいましたが…。
21_06 途中、因島の島内で高速道路の舗装工事をしていて、高速道路上での片側交互通行なんていう珍しいシーンにも遭遇しました。
元々交通量がさほど多くないこともあって、対面通行になっているわけですから、片側交互通行なんてことが出来るのでしょう。
バスはそのまま新尾道大橋を渡り、尾道市内へ。
新尾道駅で高速バスを降り、路線バスで尾道駅へ。
来月から「おのみちバス」になる尾道市営バスに乗り、尾道駅へ。
そして、今夜泊まるビジネスホテルに昼から行っちゃいます。
ここへ荷物を預けて身軽に21_07 なって福山へ。
福山駅前に降り立つと、駅前のアーケードにこんな看板が…。
駅前地下ロータリーの整備でもめているようです。
鞆の浦だけじゃなかったのかよ!とちょっと驚いてしまいます。
駅前の工事現場を覗いてみると、確かに発掘調査の最中。
元々福山駅が城の敷地をぶち抜いているだけに遺跡が出るのはある意味当たり前だけど、鞆の浦の架橋問題とともに気になっちゃいます。
手持ちの乾電池の容量がなくなりかけてきたので、駅前の百円ショップへ。
同じフロアをみると、アニメイトがあったのでついつい立ち寄ってコミックを買ってしまう。
「ここまで来てアニメイトに行くのか?」というツッコミが聞こえてきそう(笑)。
福山駅から鞆鉄道の路線バスで鞆の浦へ。
来たバスは西武バスの中古と思える3扉車。
後のドアは使えないようにしてあって、車内はそこに座席が設置されていたりしています。
外見は3扉だけど、後のドアの機能自体を完全に殺しているらしく、運転席のドアスイッチも前扉と中扉の分しかなかった。
今回鞆の浦を訪れたのは、街並みを見ることと、前にも当ブログで取り上げた鞆架橋問題の現状をこの目で見てくることが目的だったりするわけで…。
まずは沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)へお参りをする。
地域の神社にお参りするのとともに、山岳信仰があるのかどうかと言うのも確認したかったと言うのがあります。
色々調べたけれど、山岳信仰と言うものは見受けられず、『鞆の祇園さん』というふうに紹介されていたりします。沼名前神社のホームページのアドレスからして『祇園さん』ですから…。
お参りをしたあとに、町をぶらぶらと歩く。
21_09 ちょうど、鞆・街並ひな祭りと言うこともあり、町中あちこちで雛人形が飾られていました。
中には江戸時代のものなんていう貴重なものまであったりしました。
良く雛人形はひな祭りが過ぎたらすぐに仕舞わないとお嫁にいけなくなるなんていう俗説があったりしますが、ここではそんなのは無縁な印象を受けました。
場所によってはひな祭りを3月3日ではなく、4月にやる地方もあるし、何よりこれだけ貴重な雛人形が一堂に見れるのですから、また改めていくのも良さそう。
21_10 ここで主目的の一つ、鞆架橋問題の現場にいってみる。
今船だまりとなっているこの場所は埋め立てられて、この画像の左側を道路が通る予定になっているという…。
よくよく考えてみれば、福山は総理大臣まで勤めた宮沢喜一氏のお膝元で、氏の政治力を使えば既にこの場所に橋が架かっていてもおかしくないわけで…。
そう考えると、本当に鞆の浦に橋が必要なのかという素朴な疑問が沸いてきます。
せっかくなので、医王寺の太子殿まで登る。
あまり整備が行き届いておらず、かなりの悪路を行くことになってしまう。
21_11 高いところへ登ると、鞆の浦の全景がきれいに見えてくる。
ちょうどこの画像で漁船が止まっているあたりが埋め立てられたり橋がかかったりする予定地らしい。
確かに鞆の町内は道路も狭く、危ないと思えることは何度も遭遇したけれど、工夫次第で何とかなりそうな雰囲気でもあった。
まだまだ予断を許さない状態であるので、ここについては引き続き情報を収集していく必要があるだろう。
そのあと、国の重要文化財に指定されている太田家住宅へ。
そこで太田家住宅の管理をしている方とちょっと話をしましたが、かなり突っ込んだ話を聞くことができて面白かったけど、ブログで書くのはちょっとまずいかなと思えるくらいのことまで聞けました。
一旅人のようにしていながら、重伝建とかいう専門用語を繰り出したりしてしまったんで、どうも学識経験者だと私のことを思っていた可能性がちょっとだけありそう…。
確かに一個人と言うよりは、学識経験者にかなり近い位置にいるのは否定できないだけに…。
そのあと、いろは丸記念館を見学し、バスと電車を乗り継いで尾道のホテルへ。
21_12 尾道駅の対岸にある『向島ドック』の5色のクレーンを撮りに行って来ました。
もともと尾道には日立造船の6色クレーンなんていうのがありましたが、つい最近なくなってしまいました。
そのあとホテルに戻り、テレビを見ているとホームレス中学生の特集をやっていて、ついつい見入ってしまいました。
そのあと、本当に住んでいた公園まで出てきたのにはちょっとビックリ。
200万部近く売れた本ですから、聖地巡礼をしようと思う人が出てきても全然おかしくないのに、あそこまでやっちゃっていいのかとちょっと不安になっちゃいました。
聖地巡礼中のお前にそれを言う資格があるのかというツッコミが聞こえてきそう(笑)。

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