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2009年6月26日 (金)

「『神道アニメ』の登場に寄せて」 という記事

2ちゃんねるの『萌えニュース+』板に、【文化】「神道アニメ」の登場に寄せて【神社新報】というスレッドが立った。
神社新報は、過去にもこんな記事(リンク先はそのときブログのネタにしたところです)が載っていたのだけれど、今回は別の方が新たな視点で記事を書いたものです。
元ネタのリンク先を見る限りでは、あくまで読者投稿記事に一つのように見えます。
なかなか面白いので、全文を引用してみます。
『歴史的仮名遣ひ』で書かれているので、何ともいえない味が出てるようにも思えます。
<引用ここから>
 つい先日の出来事である。とある美容院に髪を切りに行ったときのこと、三十代前後であらうか、私が神職だと知った美容師がかう質問してきた。

「神社とお寺は違ふものですか?」

 私は少々驚きはしたものの、学生時代の友人も以前に似たやうな質問をされたと聞いたことがあったので、それほど珍しいことでもないといふ気がした。

 現代においては、新年には初詣、十二月にはクリスマスといふ画一化された宗教との接し方しかしない人も多いことと思ふ。そんななかで神社とお寺の区別がつかなくなることも仕方ないかもしれない。

 しかし現代のとりわけ十代から二十代といふ若い世代が宗教用語や祭神名の知識が全く無いかといふと、少し違うやうだ。といふのも年間何万冊といふ勢ひで発行されるさまざまな漫画やアニメーション、ゲームなどには宗派に拘らず多種多様な宗教世界が物語の部隊や物品などに反映されてゐることは珍しくない。宗教的なものには未知の力やさまざまな呪術的効果が関はってゐるといふイメージが強く先行してゐるからではないだらうか。いづれにせよ、若年層に受け入れられる作品ではかなり以前から多様な宗教観が頻繁に用ゐられてゐたやうだ。

 「サイレント・メビウス」(麻宮騎亜作)、「GS美神 極楽大作戦!!」(椎名高志作)、「東京BABYLON」(CLAMP)、「地獄先生ぬ~べ~」(真倉翔作)などは、一昔前に人気を博した漫画やアニメのなかでも、とくに呪術や儀式などで怪異現象に対処する場面が物語の重要な位置を占めてゐる。

 また「ひぐらしのなく頃に」(竜騎士07作)や「らき☆すた」(美水かがみ作)などの作品中に登場する神社のモデルとなったお社では、参拝者が急激に増え、作品の関連催事などがおこなはれた例もある。
このやうにみれば若年層にとって諸宗教や神道は全く興味を引かないものではなく、むしろ個人の興味と好奇心によって境内に足を運んでもらへる可能性は多分にあるといふことがよくわかる。

 ところで、これらの作品のなかで、最近特にめづらしい現象がある。それがテレビアニメ「かみちゅ!」(ベサメムーチョ作)と「かんなぎ」(武梨えり作)の登場である。
「かみちゅ!」は神様になってしまった中学生の少女を主人公にした、いはゆるラブコメ作品。
八百万の神々を個性豊かにキャラクター化し表現するといった手法で独自の神道観をコミカルに演出し、登場人物達の背景としてみごとに取り入れてゐる。作画も毎回美しく安定してゐて、年齢層を縛らないわかりやすい脚本でも人気を博し、平成十七年度(第九回)文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞してゐる。「かんなぎ」はアニメ界でも若手実力派の山本寛監督のもとに制作された。
物語の主軸にラブコメを置きながらも、制作陣によって神道の「神」観念に独自の考察が加へられてゐる。

 一部の雑誌などでは、すでにかうした作品を「神道アニメ」と呼称するに至ってゐる。
若年層向けの娯楽作品であるにも拘わらず「かんなぎ」は神道への積極的な接近が随所に見られる。
そのひとつが作中で使はれてゐる用語である。例へば「神籬」や「産土神」などは実際に神道に関はったことのある人しか知らないやうな言葉だが、予備知識なしに観ても大体の意は把握できるつくりになってゐる。さらにエンディング主題歌も特徴的で、祝詞の一部を参考にしたと思はれる歌詞を穏やかなリズムでまとめ上げてゐる。

 これまで登場人物の特徴付けとして、しばしば「巫女」といふ職業はアニメや漫画などに利用されてきた。
しかし近年の、いはゆる「神道アニメ」と呼ばれるものはこれと同列に留まらない。むしろそれまでの外見としての「巫女」や場面舞台としての「神社」だけではなく、日本人が大切にしてきた「神道」とは、「神」とは何であるかといふ制作者の考察が作中に込められてゐる。
この「かんなぎ」も例にもれず、宮城県宮城郡七ヶ浜町のあるお社が作中に登場する「神薙神社」のモデルと推定され、参拝者が急増したといふ。

 「かみちゅ!」「かんなぎ」のヒットは確かに作品の完成度、脚本や演出の秀逸さから来るものに違ひない。
しかしそれは同時に神道の世界が漫画やアニメの物語の背景・世界観として成立しうることを証明できたといふことではないか。宗教が排除された教育環境で育った若者達の増えるなかで、若い年齢層からも支持を集めた二作品は、かうした手法で広く「神道」に触れてもらふ「窓口」、きっかけが作れることを教へてくれてゐるのではないだらうか。

<引用ここまで>
中に出てくる神社の中で、行ったことのあるところが何箇所もあるのにはちょっと驚いてしまったり…。
まずは、『ひぐらしのく頃に』の古手神社(岐阜県白川村の白川八幡神社)。
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『らき☆すた』の鷹宮神社(埼玉県鷲宮町の鷲宮神社)。
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『かみちゅ!』の来福神社(石段:広島県尾道市の御袖天満宮・拝殿:広島県尾道市の艮神社)。
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『かんなぎ』の神薙神社(宮城県七ヶ浜町の鼻節神社)
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我ながらずいぶんあちこちに行ってるなと思えちゃうところが何ともいえないところだけど、こうやって神道に興味を持ち、それがきっかけで御朱印集めなんていうのを始めたのも紛れもない事実であって…。
最初に御朱印を戴いた出雲大社も、『かみちゅ!』の中に神様コンベンションの会場として出てくるところですし…。
それからというもの、神道というものに興味を持ちいろいろと本を読んだりして知識を深めてきたこともあり、今まで知らなかった正しい手水の使い方とかを知ることも出来たし、鳥居や参道を通るときには真ん中を歩いてはいけないというルールを知ることが出来ました。
そのルールを知ってから、改めて『かみちゅ!』『かんなぎ』を見てみると、神様が鳥居や参道の真ん中に立っているシーンがいくつもあるのが気になったり…。
実在する神社がモデルではないけれど、神様を扱ったものとして、文月晃先生の『海の御先』なんていうのもあるけれど、これでも神様(ここでは龍神だけど)は鳥居の真ん中を歩いているなんていうコマがあったような…。
自分だって、もし『かみちゅ!』を見ていなかったら、『らき☆すた』を見ていなかったらこれだけ神道に目を向けることもなかったように思えるし…。

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