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2009年9月19日 (土)

国営ひたち海浜公園とひたちなか海浜鉄道

シルバーウイーク初日の今日、ひたちなか市まで出かけてきた。
たまたまテレビで、国営ひたち海浜公園のコキアをやっていて、それを見てみたいというのがあったのだけど…。
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コキアの丘の様子はこんな感じ。
上半分がコキア(ホウキグサだそうです)、下のほうがコスモスになっています。
時期的に若干早かったかもしれません。
今度は上から。
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上から見ると、スケールの大きさに圧倒されます。
国営ひたち海浜公園自体がものすごく広く、園内はレンタサイクルで回ってきました。

国営ひたち海浜公園への交通手段としては、ひたちなか海浜鉄道で阿字ヶ浦駅まで行き、そこから無料の送迎バスが土休日・期間限定で出ているのでそれを有効活用してきました。
こうなると、乗り歩きのほうもメインになってくるわけで…。
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今日の昼間に走っていたのはこの2両です。
今年、三木鉄道から移ってきた車両が運用に入っていました。
ちなみに左側が勝田駅、右側が阿字ヶ浦駅で撮影したものです。
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那珂湊駅構内に、先日引退したキハ223(元羽幌炭鉱鉄道)が止っていました。
ちょっと奥になりますが、キハ222(元羽幌炭鉱鉄道)とキハ2004(元留萌鉄道)も確認できます。
どの車両も、日本の炭鉱の最盛期に炭鉱鉄道に導入された車輌で、日本の石炭産業が一番絶好調だった頃ともいえる時期のものです。
羽幌炭鉱鉄道がどんな色の車輌を走らせていたのかというのは、いろいろと資料が残っている(茨城交通時代には色を変えずに使っていた時期もあるし、復元もしたことがある)のだけれども、留萌鉄道時代のカラーの分かる資料というのを未だに見たことがありません。
時代からすると、カラー写真があってもおかしくない時代なのに…。
ひょっとしたら、NHKの資料庫の中に留萌鉄道時代のカラーリングの分かる映像が残っているかも知れません。
NHKの情報収集能力のすごさには驚かされたこともあるし、きっと時代ごとに画像を整理して保存していると思いたい。
那珂湊市内をちょっとぶらぶらと…。

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那珂湊駅の隣にある茨城交通の車庫を裏から…。
右から3台目、最近あまり見かけなくなった富士重工の5E型の車体を乗せた車ですね。
右側にルーバーがないということは、いすゞか?
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今日は公開日ではなかったケハ601。
前回訪問した際はサラリとしか見れなかったので、今度はじっくりと調べてみようかと思う。
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駅の近くの高台にある反射炉。
反射炉自体は復元ではあるけれど、国内でも幕末の反射炉と言うのはかなり少なく、私が知っている限りでは、以下の4箇所にあるものしか分かりません。
・那珂湊(上部復元)
・韮山反射炉(現存)
・鹿児島の仙巌園(台座のみ)
・萩反射炉(現存)

あと、佐賀にもあったようですが、どうやら石碑が現存しているだけのようです。
説明書きの中に、南部藩士大島高任の名前が確認できますが、大島高任はこのあと、釜石の橋野というところに、西洋の技術を導入した高炉をつくり、その技術を元にして官営八幡製鐵所が作られたと聞きます。

今回は海浜公園まで行ったので、次に訪問するときは横見式乗車術を使って、全ての駅に降りてみようかと考えています。

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