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2013年9月29日 (日)

清酒の発祥地はどこなのか?

最近、あちこちの自治体で『乾杯は日本酒で』なんて言う条例が、日本酒の産地である自治体で制定されているのが多いけれど、それに関係してちょっと面白い記事が読売新聞に出ていたので紹介します。

<引用ここから>
「清酒発祥の地」を称する兵庫県伊丹市と奈良市が、それぞれ日本酒での乾杯を奨励する条例の制定を目指している。
 伊丹市は1600年頃、地元の商家が最初に清酒を生み出したとして26日に条例を可決。この1世紀以上前に造ったとする奈良市は25日、市議会に乾杯奨励の条例案が提案され、11月に審議入り。条例案はいずれも発祥地とうたっており、論争が過熱しそうだ。
 伊丹市によると、豪商・鴻池家の始祖にあたる山中幸元が、誤って濁り酒のたるに灰の入ったざるを落とすと酒が澄んだという。これが清酒の誕生といい、江戸で評判を集め、鴻池家繁栄の基礎になったという。
 同市鴻池の公園には、由来を刻んだ1784年建立の石碑が残り、この15年後に発行された「日本山海名産図会」で「伊丹は日本上酒の始(はじめ)とも言うべし」と紹介。市は2000年、同所に「清酒発祥の地」の石碑を建てた。
 一方、奈良県酒造組合によると、15世紀半ばには、正暦(しょうりゃく)寺(奈良市)で、こうじと蒸し米の両方に精白米を使い、透明度の高い酒が完成。県内の蔵元なども2000年、同寺に「日本清酒発祥之地」の石碑を建立した。
 山本長兵衛・同組合副会長は「奈良が発祥の地というのが定説。伊丹はうちの技術を使い、清酒の生産を始めた」と譲らない。
 日本酒での乾杯条例は、日本酒で乾杯する習慣を定着させ、低迷する消費の拡大を目指す。日本酒造組合中央会によると、25日現在、佐賀県や京都市、兵庫県西宮市、福島県南会津町など計12自治体が可決している。
 全国の酒場を訪ね歩くBS番組で人気の吉田類さんの話「人々は工夫を重ね、おいしい日本酒づくりを追求してきた。発祥の地はどちらでもかまわないが、起源に注目した盛り上がり方があってもいい」
<引用ここまで>

恐らくどちらも発祥の地というのを譲らないのは間違いない雰囲気。
それでいて伝えられている内容が全く違のもまた面白いところであったりするけれど…。

こういうのをきっかけにいろいろとお酒の文化が広がっていくのが一番いいような気がするけれど…。

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コメント

大雑把な話でいえば、奈良は、寺院で行われていた僧坊酒の時代に、清酒のさまざまな基礎的な技術を開発した地で、伊丹は、僧坊酒の技術を再構築し、今に直接つながる酒蔵での大量生産を確立した地域だと思います。
こう書くと、奈良が清酒の起源のようですが、僧坊酒の技術は、清酒よりもどぶろくに近いように思われます。清酒に比べると、生産規模が小さい場面や、寒仕込以外の気温の高い季節での仕込に適した仕込方法であったので、使い分けというかすみわけが起こったのではないでしょうか。

ちなみに、江戸時代ではどぶろくは農家などの自家用酒としてだけでなく、武家の内職であったりしたようで、思いのほか広く飲まれていたのかもしれません。

なお、灰を入れる技術は、濁り酒を澄酒にする技術で無く、火落ち菌の発生を防止する技術です。
おそらく、火落ち菌の増殖で澱や濁りがでるのを、酒粕の成分による濁りと混同したものだと思います。
現在の清酒は加熱処理によって火落ち菌の発生を防ぎますが、灰を入れて防ぐ技術は、九州南部で生産される赤酒に残されています。

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