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2009年10月20日 (火)

くぬぎ山車両基地の…

私が毎日チェックしているブログ、『編集長敬白』に新京成のくぬぎ山車両基地にある陸軍の97式軽貨車の記事が載っていた。
新京成はもともとが鉄道連隊の線路だったところを旅客化したものですから、会社の歴史みたいなものなのでしょう。
こんな通好みの展示品があるならば、車両基地の一般公開を見に行くべきだったと今になって後悔しています。
97式軽貨車の特徴として、どこででも使えるように軌間が変更できるようになっていて、今実験が進んでいるフリーゲージトレインと似たようなことができるようになっていることです。
さらに、軌間を変更する仕組みがわかるように展示されていたとも書かれていてちょっと驚きました。
軍用の軽貨車ではあるけれど、軸受けにベアリングを使っていたりすることもあり、私鉄の車両基地を覗くと基地の端っこに何組かおかれているのを見たことがあります。
本格的に保存されているものとなると、新京成のくぬぎ山車両基地のほか、三重県の貨物鉄道博物館のものが知られています。
あと、ほかで見たことがあるのは、大井川鐵道の新金谷車両基地、ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅構内ですね。
他にも車両基地の端っこに転がっているものがいろいろなところに残っていると聞きます。
中には、中国本土に置き去りにされて今でも使われているものもあるとか…。

2009年7月28日 (火)

機械遺産の追加認定

47news(共同通信配信) によりますと、日本機械学会が機械遺産をさらに6件追加指定したという記事が載っていた。
機械遺産とは、日本機械学会が一昨年から指定を始め、昨年までに31件が指定されている。
今回指定されたものは以下の通り。
・札幌市時計台の駆動装置
・男爵資料館が保存する蒸気自動車ロコモビル
・福岡市博物館が保存する自動車アロー号
・三鷹市の旧峰岸水車場
・芝浦機械製作所(現東芝機械)の大型歯車加工盤
・大井川鐵道千頭駅の転車台

この中で見たことがあるのは、札幌市の時計台と千頭駅の転車台だけ…。
機械遺産の場合は、製造年に関係なく日本の技術史として重要なものが指定されていて、指定されているものの中で一番新しいのは、ホンダのCVCCエンジンだったような気もします。
時間と機会があれば、指定された機械遺産をじっくりと見てみたいと考えているけれど…。

2009年6月19日 (金)

50Hzと60Hz

ネット仲間のNomutan氏から面白い話を聞いた。
『北海道で60Hzの電気を使っている場所がある』というもの。
ネタ元としては、こちら(mixi会員限定)になります。
mixiの会員ではない方は、こちらが良くまとまっています。
情報源を総合すると、北海道の支笏湖温泉一帯と、苫小牧市内のごく一部に60Hzのエリアがあるようです。
調べていくと、このあたりの電気は北海道電力ではなく王子製紙が供給しているようです。
苫小牧の製紙工場で使う電気を自家発電していて、そのときにどうもアメリカ製の発電機を入れていたことから今でも60Hzのようです。
電気料金は北海道電力と同額ではあるけれど、王子製紙の社員が検針に来るという。
さらに調べていくと面白いものに行き当たった。
それが、『熊本県内で50Hzの電気を使っている場所がある』というもの。
どういうことなのかと調べていくと、チッソ水俣工場の自家発電設備が元々はドイツ製で50Hzの発電機を使っていたことによるようです。
九州ヘリテージと言うサイトを見ると、チッソ水俣工場とその社宅だけ50Hzの電気が来ているようで、社宅から出て一戸建てを建てるときは昔はかなり苦労したと言う…。
チッソの自家発電所は、工場や社宅での使用量以上の電気を発電していて、その余剰電力を九州電力に売っているということが先に取り上げた『九州ヘリテージ』に書いてあるけれど、九州電力は60Hzなのだから、いったいどうやって送電しているのかちょっと気になるところ。
特定企業の自家発電であれば、周りの周波数と違う電気が供給されるのも分かるけれど、いろいろ調べていくとさらに面白いものが出てきました。
1.東北電力なのに60Hz(東北電力の標準周波数は50Hz)
2.東京電力なのに60Hz(東京電力の標準周波数は50Hz)
3.中部電力なのに50Hz(中部電力の標準周波数は60Hz)

東北電力については、ホームページに記載があって、佐渡島の全域と、妙高の斑尾高原、そして糸魚川市の一部が60Hzとなっているようです。
佐渡島は発電設備の関係で60Hzではないかと思えるけれど、斑尾高原は長野県と新潟県の県境にあるので、恐らく長野県側から中部電力が発電した電気が供給されているのではないかと…。
糸魚川市の一部は北陸本線の市振駅の周辺のようですから、恐らく富山県側から北陸電力が発電した電気が供給されていると見ています。
東京電力の60Hzエリアについての記載は、東京電力のホームページを見ても供給約款の附則に、群馬県の一部については当分の間60Hzで供給と書いてあるだけ…。
いろいろ調べると、群馬県の甘楽郡と吾妻郡となっているようなので、恐らく電力会社が統合される前から60Hzの電気が供給されていたことの名残なのかもしれません。
このあたりは、横浜の電気の史料館に行けば何らかの手がかりが得られそうな気がしています。
中部電力についても、ホームページに地図入りで長野県内で50Hzの場所がいくつも出ています。
地図の東半分の50Hzエリアについては県境から越境送電しているのがなんとなく分かるけれど、謎なのは西側の50Hzのエリア。
小谷村の姫川温泉は新潟・長野県境にあることを考えると、ここは斑尾高原と逆に東北電力からの供給を受けているような気がします。
あともう一つ、上高地とか白骨温泉等、松本市と高山市が隣接しているエリアがまとめて50Hzになっているのが妙に見えます。
ここは県境を越えると岐阜県なので、こっちも中部電力の供給エリアで60Hzですから…。
調べてみると、梓川には昔から東京方面に向けて電気を送る発電所があり、そこから電気を供給していたために今でも50Hzの電気が供給されているとのことです。
普段何気なく使っている電気も、じっくり調べてみるとなかなか面白いものです。
群馬の60Hzは再調査になっちゃったけれど…。

2009年5月29日 (金)

軍艦島に行ってみたいけど…

今年の4月から観光地として上陸できるようになった長崎市の端島(通称軍艦島)。
新聞等の報道を見ると、観光客の出足もなかなか上々だという。
ただ、波が高かったり風が強かったりすると目の前まで行って上陸できないなんていうこともあるようだ。
いろいろと調べてみると、一定の見学コース以外は研究目的とかでないと入れない所は致し方ないところだけど…。
軍艦島が炭鉱として現役だった頃でも、そんなに自由に出入りできなかっただろうし、廃墟になったあとも船を持っている人にそれなりのお金を払って密航(笑)するしか方法がなかったはずですし、こうやって観光地として安全に見学できるようになったのは歓迎すべきことなのかも…。
何度もブログでネタにしている『ワンダーJAPAN』との出会いも軍艦島のおかげだったし、本当に一度でいいから行ってみたい。

2009年5月 5日 (火)

東海地方にお出かけ

5月3~5日と東海地方に遠征してきた。
結果として滋賀県まで足を伸ばしたのだけれど…。
まず最初に、三重県いなべ市にある『貨物鉄道博物館』へ。
一度目の前を列車で通ったことはあるのだけれど、時間の都合が合わずに今まで見ることが出来なかった場所。
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元々貨物の取扱のあった場所を展示場所に使っており、貨車の他にターレットトラックや貨車を移動させる『アント』の保存もされていました。
中でも展示車両を定期的にボランティアの方がメンテナンスしていて、非常に頭が下がる思いです。
そのあと、名古屋に戻りネット仲間と突発的にオフ会。
名古屋駅の上にあるJRセントラルタワーズのレストラン街にある線路が見える飲食店で久しぶりにいろいろな話をしてきました。
2日目は日帰りで彦根へ遠征。
言うまでもなく『ひこにゃん』に会うためです。
駅前の観光案内所で、『ひこにゃん』に会える時間を聞いていたので、その時間に合わせて彦根城の天守閣の前まで行くと…。
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既にこんな人だかり…。
よく見ると『ひこにゃん』のかぶとの一部だけが写っています。
そのあとステージの上でポーズを取る『ひこにゃん』。
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こうやって動く姿を見てもかわいいですねぇ…。
でも、『ひこにゃん』だけに人気が出て、そもそも『ひこにゃん』が生み出されたきっかけが知られなくて大丈夫なのかちょっと気になるところだったり…。
こうやってポーズをとってるところでも、お客さんには撮られまくっているわけで…。
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天守閣前の広場ではこんな感じです。
はっきり言って人気アイドル以上の盛り上がり方だったりするし…。
そのあと、駅へ歩いて戻ろうとすると…。
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駅のほうからボンネットバス(いすゞBXD30)がやってくるではありませんか!!!
衝動的に乗ってしまったものの、気付けば俺様専用…。
ボランティアガイドの方と楽しく話しながら彦根駅へ。
彦根駅から休日のフリー切符と使うとお得に乗れる近江鉄道線に乗りに行きます。
行先は言うまでもなく豊郷。
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深夜アニメ『けいおん!』の舞台になった学校のモデルになった建物です。
数年前に取り壊しの危機に晒されニュースでも取り上げられた建物だったりするわけで…。
しかもこの校舎、個人の寄付で建てられたというからなおすごいところです。
近々、町の施設として活用されるとのことで、今度は中に入って見学してみたいと思います。
2ちゃんねる情報だと、既に町役場には、豊郷小学校と『けいおん!』の関係について情報が流れているようで、これから何かがありそうな予感がするなんていう書き込みがあったりするのが非常に気になる……。
鷲宮みたいなことになるのか????
ただ、保存運動に関わっている団体と町役場やヴォーリズ建築事務所が揉めていると取れる内容を、保存運動に関わっている団体が自らのサイトに載っているのが個人的には非常に気になるところ…。
単なる自己主張が強い人たちなのか、本当に問題のあることなのかは判断が出来ないけれど…。
そのあと名古屋に戻り、豊明駅の近くにパノラマカーが止まっているというのであえて見に行く。
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駅からやっと見える場所に白帯車が止まっていました。
時々動いていると言う話もあるけれど…。
3日目は、トヨタ博物館などを見学したあと、栄の丸栄の鉄道模型展へ。
ちょうど、SUPER BELL"Zのライブが始まるところでした。
ライブの様子は肖像権とかで問題になりそうなので、会場の様子だけ…。
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左のモニターの奥は普通に売り場で、地元の学校の制服が売られているあたりが何とも言えず妙な感じでした。
このあと、模型を運転しつつカメラカーの映像を流し(途中で保線DJが線路の上に丸栄の看板を置いたのはかなり笑えましたが)、会場を盛り立てていました。
そのあと普通にライブをしたり、エアトレイン(列車の音を再現したり…)なんてのをやったりとかなり盛り上がっていました。

また機会があったら遠征したいですね。

2009年3月27日 (金)

共永興業さんの本社ロビー

先日、阪神なんば線に乗りに行った際に立ち寄った、共永興業さんの本社ビル1階のロビーを思いがけず訪問できたのでさらっと触れたが、今回はじっくりと紹介してみようと思う。
私自身、完全週休二日制の会社に勤めている事もあり、会社の前まで行って外から覗けるだけでもいいと思って行ったのですが、共永興業さんはあとで調べてみると完全週休二日制ではなく四週六休制で、たまたま訪れた日が第3土曜日で午前中が営業日だったのです。
Nz_img_0135 建物の外から見ると、ガラス張りの建物の中にC57148号機が保存されています。
私企業が蒸気機関車の保存を手がけていること自体がすごいのに、本社ビルの建屋の中にきちんと保存されているのには本当に驚かされます。
さらに、この中にはこの機関車を見下ろせるような通路まで設置されているtのには正直驚かされます。
ただ、どうもこの通路をロビーから登ってしまうと執務スペースが丸見えになってしまうようで、関係者以外立ち入り禁止の札がありました。
Nz_img_0137 建物の中に入り、助士側から撮影したものです。
給水用のスポートや腕木式信号機もあわせて保存されています。
この腕木式信号機、上下2段のものが保存されていて、これは駅の手前に設置される場内信号機と通過信号機のペアになったものです。
レールの横に置かれている札には『ブレーキに通気中ですから、バルブ類にさわらないでください』と書かれています。
ひょっとするとちょっと整備するだけで自走するぐらい、すばらしい状態で保存されているのではないかという印象を受けます。
Nz_img_0141a 古レールとかを調べているので、保存している機関車が乗っているレールも調査します。
実際に見て驚いたのは、ここでC57148が乗っているのはNKK(現JFEスチール)製の新品の60キロレールです。
蒸気機関車が引退するような時期には在来線でも60キロレールは殆ど使われておらず、新幹線専用だったのではないかという時代だと認識しています。
昭和50年代までは東海道新幹線でさえ、全線60キロレールになっておらず、部分的に50Tレールが使われていたはずですから…。
共永興業さんの本業が鋼材を商う商社さんですから、古レールよりも新品のレールのほうが入手しやすかったなんていう事情もあるのかもしれません。
Nz_img_0139a1 中には、俳人山口誓子氏の句碑があります。
どんな句かといいますと…
『定まりし 鉄路の上を 火と水の 力によって 走りしものよ ローカルの 線に移りて 残りたる 使命を果し いまここに在り』というもの。
ここでの保存開始を記念して詠んだものではないかと…。
Nz_img_0147a さらに当時の社長の決意が示されたと思われるものもありました。
こちらには以下のように書いてあります。
『わが国発展のため100年余りの永い年月日働きつゞけ 今その大任を果した我々の蒸気機関車 その栄誉と歴史に学び より良い明日を創造する勇者の象徴として こゝに選ばれた陸の英雄 そして生命ある鐵の造形芸術であるSL その代表C57148号機に感謝と畏敬の念をこめ 末永く大切に保存します 昭和49年2月 共永興業株式会社 (以下社長・専務の連名)』
この頃にはSLブームもあり、あちこちで蒸気機関車の保存が始まった年でもあるけれど、当時は地方公共団体への貸与という形でしか保存がなされておらず、私企業が保存に乗り出すというのはかなり大変なことであったと聞いたことがあります。
その中で直接本業と接点がない蒸気機関車の保存を決意した社長さんには個人的に敬意を表したいですね。
Nz_img_0142 機関車のテンダーと壁一面に飾られているナンバープレート。
このナンバープレートだけでもかなりすごいです。
これだけナンバープレートを集め、こうやって公開していることに本当に頭が下がります。

Nz_img_0159 中にC5644号機の動輪も保存されています。
C5644号機ならば、大井川鐵道で走っているではないかという話も出てくるかと思いますが、C5644号機がミャンマー(当時のビルマ)から戻ってきたときに、ミャンマーのメーターゲージ(軌間1000ミリメートル)から、日本の軌間1067ミリメートルに変えるために、動輪を別の機関車とすべて交換しているはず(確かC1293の動輪だったかと…)なので、ここにこうやって保存されているのでしょう。
今度行くときはコンベックスメジャーを持っていって、メーターゲージかどうか確認する必要がありそう…。これは同時に日本に帰ってきた靖国神社のC5631についてもそうですが…。
Nz_img_0158a 正直言って驚いたのは、C5644が乗っているレールのほうです。
保存例の少ない双頭レールが保存されています。
しかもほぼ完璧な状態なのが驚きです。
良くぞこれだけのものを見つけてきたと言いたい。

会社の方の話だと、本社ビルのほかに大阪南港のかもめ大橋を渡ったところにある拠点にも機関車が保存してあるそうです。
googleのストリートビューで探してみると、大阪南港にはC12が保存されているようです。
こちらも今度機会があったらお邪魔したいですね。

 

2009年3月21日 (土)

1泊2日のお出かけ

1泊2日で出かけてきた。
たまたまテレビで伊勢神宮の特集をやっていて、不思議と行きたくなったので思い立ったが吉日、出かけることにした。
先週、ネット仲間のオフ会でお伊勢参りに行くといったら、『地ビール飲みに行くんだろ?』とストレートにいわれてしまったけれど、事実だからしょうがない。
まずは伊勢神宮から。
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内宮の宇治橋も式年遷宮で架け替えの途中です。
こういう形で端がない姿を見られるのも20年に1度だけ。
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仮の橋は木製ではなく鉄製のようで、見た目にはできるだけ宇治橋のイメージを崩さないようにやっているような雰囲気がしました。
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そしてお参りに。
ここが20年に一度立て替えられる場所で、ちゃんとその隣に敷地が用意されていて、石段もありました。

夜は地ビールの伊勢角屋麦酒へ行ってきました。
その昔、船でお伊勢参りに来る際の船着場があったところのお茶屋さんから始まっているそうで、創業から430年以上経っているとのこと。
430年前というと、織田信長とか豊臣秀吉が生きている時代では???
なんでも、伊勢の名物として名高い『赤福』よりも歴史があるそうです。
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そういう中で地ビールが作られています。
世界的にも有名なコンテストなどでも賞を取っている実力のあるメーカーさんです。
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前にここに行った人から、味噌のピザがお勧めだというので、早速頼んでみた。
ここはビールだけでなく、味噌・醤油の醸造も行っていることもあり、こういうメニューが生まれたのだと思います。
他ではなかなか見られない珍しいもので、美味しくいただきました。

そのあと伊勢市のホテルに一泊し、阪神なんば線に乗りに行くために近鉄特急で大阪へ向かう。
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宇治山田駅の案内にしっかりと『神戸』の文字が入っています。
切符売り場の運賃表には、大阪難波から先は『阪神線直通』としか書いていなかったりします。
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そのあと、阪神なんば線の西九条で降りる。
難波よりのホーム先端がこんなに細いのがちょっと意外でした。

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大阪市内で唯一、河底を通り抜ける歩道がある安治川トンネルです。
左側の鉄橋が阪神なんば線の鉄橋になります。
エレベータか階段で地下の通路まで降り、反対側にもこれと同じ通路ができています。
その昔は、自動車用のエレベータなんていうのまであったそうで、その痕跡も残っています。

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そのあと、九条駅近くにある共永興業SL館に行ってみる。
SL館と言っても、どちらかというと会社の本社のロビーに蒸気機関車が飾ってあるような雰囲気もあるけれど、ものすごく手入れがよくて驚いてしまいます。
ここはまた別の機会にじっくりと紹介しようと思う。
そのあと、中之島まで行って京阪中之島線に乗る。
そして、京都祇園四条へ。
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祇園四条の名物、壹錢洋食へ行ってみる。
入り口から妙な雰囲気が漂っているが、店内にはなぜか客席にマネキンが…。
これはこれでまた別のネタにしようかと…。
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四条河原町の『東華菜館』さん。
なかなか味のある建物で、築85年との事。
ちょっと調べてみると、近江兄弟社の創業にも関わった、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設立した事務所の設計によるものだそうです。
この近くにも近代建築のレストラン菊水(こちらは登録有形文化財)があり、なかなかいい雰囲気でした。
そのあと、mixi上でつながりのある酒屋さんに挨拶に行き、キンシ正宗の資料館に寄って帰ってきました。
最後のほうは時間の都合でちょっとバタバタしてしまったけれど、非常に充実した2日間でした。
また機会があったらお出かけしようかと…。

2009年3月 2日 (月)

どうなる東京中央郵便局

今日のニュースを見て驚いた。
今になって東京中央郵便局への保存の動きが出てきているようです。
土地を持っている日本郵政としては、東京駅の真ん前という超が3つ以上つくような一等地に高いビルを建てて収益の柱にしたいのだろうけど…。
個人的には外観だけ残るのかと思っていたのだけれど、徐々に動きが全面保存に動き始めた部分があるような…。
今の総務大臣が鳩山邦夫だからできたことなのかもしれないと思いつつも注目していきたいと思う。
音羽御殿の設計をした人が手がけた建物が丸の内の明治生命館で、こちらは重要文化財にも指定されていることを考えると、まだまだ何かしらの動きがあるのではないかと思う。

東京中央郵便局を重要文化財に指定する運動があると思って調べたら、どうも一度お会いしたことがある知り合いの知り合いの名前が出てて驚いたのも事実だったり…。
やっぱり世の中って狭いのかも。

2008年11月24日 (月)

ひたちなか海浜鉄道訪問記

昨日、鉾田駅保存会と水戸市博物館に出かけた際に、ひたちなか海浜鉄道にも行ってきた。
普段ならば、一気に1日分で済ませてしまうところだったのだけど、色々とネタが拾えたことと11月11日の当ブログにどう考えても、ひたちなか海浜鉄道の社長さんがコメントを下さったこともあって、あえて別エントリーとしてみました。
公式サイトのトピックスをみると、『「ひたちなか海浜鉄道」でブログ検索をするとヒット数が多くて驚く』なんて書かれていてブログを書く身としてはこちらが驚いてしまいます。

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社名が変わり、ロゴマークも変わりました。
基本的には、車体の青い帯の中にロゴが入るのですが、どういうわけだか1両だけロゴの貼られている位置が違うものがいるのはなぜなんでしょう?
何かしら意味があるとは思うのだけれど…。
その一両だけ、車体の青い帯の位置が低く、それも関係しているのかも知れません。
行ったときに運用に入っていたのはこの2両。
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キハ3710-02。常時運用についている冷房車でもあります。
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もう1両は、キハ222。
国鉄時代の標準色をまとっています。
元々は北海道の羽幌炭鉱鉄道が発注したもので、廃止後にやってきた車両だそうです。
せっかくなので、一度那珂湊で降り、保存されている気動車を見に行く。
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こちらが物置として使用されていた、日本初のステンレス気動車、ケハ601。
一時期は本当に動態保存まで考えられたようですが、かれこれ20年近く地面の上に直接置かれていたこともあり、クレーンで吊ると折れる可能性があるとかいうことで断念したと言う話もあります。
更に構内に目をやると、国鉄準急色になった車両がそこそこ撮りやすい位置に止まっていました。
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キハ2004。こちらは留萌鉄道からやってきたもの。
昔の炭鉱はかなり資金力があったことが偲ばれます。

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構内で2段積みになっている台車のようなものについつい目が行ってしまいました。
旧日本陸軍の97式軽貨車と思われるものがあるのに気付きました。
戦後、陸軍からの放出品があちこちにあるとは聞いていましたが、こういう形で見れるとは…。
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更にそのとなりにはもう1組97式の軽貨車があり、こちらもさほど使われている雰囲気はなく…。
大変貴重なものですから、是非とも有効に活用しつつ保存していただきたいものです。
この後那珂湊から、阿字ヶ浦に向かい写真を撮った後帰って来ました。
阿字ヶ浦の駅前には、最近あまり見かけなくなった白ポストが残っていましたが、きちんと管理されている形跡は見受けられませんでした。

今回は、ひたちなか海浜鉄道の訪問が目的ではなかったので、ついつい駆け足での訪問になってしまいました。
今度行く時は、時間に余裕を持って横見裕彦氏のように全駅降りつぶしなんていうのをやってみようかと考えています。

2008年11月23日 (日)

鉾田駅保存会を訪問する

今日は天気が良かったので、鹿島鉄道の鉾田駅跡で活動している鉾田駅保存会の様子を見に行ってきた。
その前に鹿島神宮駅での乗換時間が中途半端にあったので、鹿島神宮へお参りに行ってきた。
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こうやって鹿島神宮にお参りにきたのも、かれこれ20年ぶりくらいで、前にお参りしたときの記憶も曖昧だったり…。
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拝殿の写真がこちら、見事な桧皮葺の拝殿です。
週遅れの七五三と言うこともあって、家族連れが結構多かったのが印象的でした。

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そのあと、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線で新鉾田へ。
この車両、どうやら塗装が簡略化されているような気がしますが…。

新鉾田駅で降り、徒歩で鉾田駅跡に向かう。
前もって地図で調べてはあったのだけれども、本当にこちらでいいのかと疑問に思えてしまうような場所を進む。
前もって保存会の活動日であるのは、保存会のサイトにあるブログで前もって調べていたし、活動に関わっている方も面識のある方なので、アポなしで行ったら、『どうしたの???』と驚かれてしまったり…。
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今保存されている車両は、KR505とキハ601の2両。
KR505はエンジンもかかる状態で、自走も可能なようです。
今回はなかなか画像として出てこないサイドビューを強調した画像にしてみました。
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こちらがキハ601。
国内で現存するのは3両といわれる、キハ07系の生き残りだったりします。
他の2両は門司港の九州鉄道記念館と、岡山のふれあい鉱山公園に保存されています。
ふれあい鉱山公園の車両は、きちんと走れる状態で保存されています。

たまたま話していたときに、水戸の市立博物館で鉄道の展覧会が今日までと言う話が出たので、鉾田から水戸へ向かうことにしました。
ちょうど昼前、手持ちの時刻表をみると新鉾田1331の普通列車に乗って水戸まで行き、そこから市立博物館に行く方法と、鉾田駅1300の関鉄グリーンバスの水戸駅行きに乗って、途中の南町三丁目で降りる方法があることが分かった。
念のため、鉾田駅に隣接する関鉄グリーンバスの営業所に声をかけると、バスだと1時間ちょっとで着くと言う。
目の前のバス停から出て、目的地まで直行するバスと、15分歩いたところから出る列車に乗って、水戸から更にバスで行くのとではどちらが良いかと言う判断になれば、目の前からのバスと言う判断になってしまう。
多少運賃が高くても、地元の様子も良く見えるし…。
営業所で運賃を聞くと1100円を越えると言うので、その場で1000円の回数券を購入し、結局速攻で1冊使い切ってしまうのでした。
乗ったバスは、鉾田駅発の大和田経由水戸駅行きと言う系統。
途中から、広い県道の脇道に入り、集落を抜けたら広い道に戻るのかと思ったら、延々と狭い道を駆け抜けていくという、ある意味とんでもない路線でした。
かなり走っていくと、茨城県庁の前に出て、その先へ行くと千波湖の横へ出て、偕楽園臨時駅を左に見て、水戸市の中心部へと入っていきました。
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そして、市立博物館の『激動の昭和鉄道史』の展覧会を見てきました。
展示自体も、コンパクトな中にかなり見応えのある展示がされていて、見応えのあるものでした。
中に琺瑯看板の展示もあり、ある意味お約束的な、浪速千栄子(本名が『ナンコウキクノ』だったから、オロナイン軟膏の宣伝に起用されたと言う…)のオロナイン軟膏、松山容子のボンカレー、大村崑のオロナミンC、水原弘のハイアース・由美かおるのアース渦巻き、金鳥蚊取り線香なんていうのが飾られていました。

このあと、最寄のバス停から水戸駅までJRバスに乗り、水戸駅から勝田に向かい、ひたちなか海浜鉄道に乗ったのだけれど、それは明日ブログでネタにしようと思う。

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