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2009年6月19日 (金)

50Hzと60Hz

ネット仲間のNomutan氏から面白い話を聞いた。
『北海道で60Hzの電気を使っている場所がある』というもの。
ネタ元としては、こちら(mixi会員限定)になります。
mixiの会員ではない方は、こちらが良くまとまっています。
情報源を総合すると、北海道の支笏湖温泉一帯と、苫小牧市内のごく一部に60Hzのエリアがあるようです。
調べていくと、このあたりの電気は北海道電力ではなく王子製紙が供給しているようです。
苫小牧の製紙工場で使う電気を自家発電していて、そのときにどうもアメリカ製の発電機を入れていたことから今でも60Hzのようです。
電気料金は北海道電力と同額ではあるけれど、王子製紙の社員が検針に来るという。
さらに調べていくと面白いものに行き当たった。
それが、『熊本県内で50Hzの電気を使っている場所がある』というもの。
どういうことなのかと調べていくと、チッソ水俣工場の自家発電設備が元々はドイツ製で50Hzの発電機を使っていたことによるようです。
九州ヘリテージと言うサイトを見ると、チッソ水俣工場とその社宅だけ50Hzの電気が来ているようで、社宅から出て一戸建てを建てるときは昔はかなり苦労したと言う…。
チッソの自家発電所は、工場や社宅での使用量以上の電気を発電していて、その余剰電力を九州電力に売っているということが先に取り上げた『九州ヘリテージ』に書いてあるけれど、九州電力は60Hzなのだから、いったいどうやって送電しているのかちょっと気になるところ。
特定企業の自家発電であれば、周りの周波数と違う電気が供給されるのも分かるけれど、いろいろ調べていくとさらに面白いものが出てきました。
1.東北電力なのに60Hz(東北電力の標準周波数は50Hz)
2.東京電力なのに60Hz(東京電力の標準周波数は50Hz)
3.中部電力なのに50Hz(中部電力の標準周波数は60Hz)

東北電力については、ホームページに記載があって、佐渡島の全域と、妙高の斑尾高原、そして糸魚川市の一部が60Hzとなっているようです。
佐渡島は発電設備の関係で60Hzではないかと思えるけれど、斑尾高原は長野県と新潟県の県境にあるので、恐らく長野県側から中部電力が発電した電気が供給されているのではないかと…。
糸魚川市の一部は北陸本線の市振駅の周辺のようですから、恐らく富山県側から北陸電力が発電した電気が供給されていると見ています。
東京電力の60Hzエリアについての記載は、東京電力のホームページを見ても供給約款の附則に、群馬県の一部については当分の間60Hzで供給と書いてあるだけ…。
いろいろ調べると、群馬県の甘楽郡と吾妻郡となっているようなので、恐らく電力会社が統合される前から60Hzの電気が供給されていたことの名残なのかもしれません。
このあたりは、横浜の電気の史料館に行けば何らかの手がかりが得られそうな気がしています。
中部電力についても、ホームページに地図入りで長野県内で50Hzの場所がいくつも出ています。
地図の東半分の50Hzエリアについては県境から越境送電しているのがなんとなく分かるけれど、謎なのは西側の50Hzのエリア。
小谷村の姫川温泉は新潟・長野県境にあることを考えると、ここは斑尾高原と逆に東北電力からの供給を受けているような気がします。
あともう一つ、上高地とか白骨温泉等、松本市と高山市が隣接しているエリアがまとめて50Hzになっているのが妙に見えます。
ここは県境を越えると岐阜県なので、こっちも中部電力の供給エリアで60Hzですから…。
調べてみると、梓川には昔から東京方面に向けて電気を送る発電所があり、そこから電気を供給していたために今でも50Hzの電気が供給されているとのことです。
普段何気なく使っている電気も、じっくり調べてみるとなかなか面白いものです。
群馬の60Hzは再調査になっちゃったけれど…。

2009年5月29日 (金)

軍艦島に行ってみたいけど…

今年の4月から観光地として上陸できるようになった長崎市の端島(通称軍艦島)。
新聞等の報道を見ると、観光客の出足もなかなか上々だという。
ただ、波が高かったり風が強かったりすると目の前まで行って上陸できないなんていうこともあるようだ。
いろいろと調べてみると、一定の見学コース以外は研究目的とかでないと入れない所は致し方ないところだけど…。
軍艦島が炭鉱として現役だった頃でも、そんなに自由に出入りできなかっただろうし、廃墟になったあとも船を持っている人にそれなりのお金を払って密航(笑)するしか方法がなかったはずですし、こうやって観光地として安全に見学できるようになったのは歓迎すべきことなのかも…。
何度もブログでネタにしている『ワンダーJAPAN』との出会いも軍艦島のおかげだったし、本当に一度でいいから行ってみたい。

2009年5月 5日 (火)

東海地方にお出かけ

5月3~5日と東海地方に遠征してきた。
結果として滋賀県まで足を伸ばしたのだけれど…。
まず最初に、三重県いなべ市にある『貨物鉄道博物館』へ。
一度目の前を列車で通ったことはあるのだけれど、時間の都合が合わずに今まで見ることが出来なかった場所。
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元々貨物の取扱のあった場所を展示場所に使っており、貨車の他にターレットトラックや貨車を移動させる『アント』の保存もされていました。
中でも展示車両を定期的にボランティアの方がメンテナンスしていて、非常に頭が下がる思いです。
そのあと、名古屋に戻りネット仲間と突発的にオフ会。
名古屋駅の上にあるJRセントラルタワーズのレストラン街にある線路が見える飲食店で久しぶりにいろいろな話をしてきました。
2日目は日帰りで彦根へ遠征。
言うまでもなく『ひこにゃん』に会うためです。
駅前の観光案内所で、『ひこにゃん』に会える時間を聞いていたので、その時間に合わせて彦根城の天守閣の前まで行くと…。
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既にこんな人だかり…。
よく見ると『ひこにゃん』のかぶとの一部だけが写っています。
そのあとステージの上でポーズを取る『ひこにゃん』。
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こうやって動く姿を見てもかわいいですねぇ…。
でも、『ひこにゃん』だけに人気が出て、そもそも『ひこにゃん』が生み出されたきっかけが知られなくて大丈夫なのかちょっと気になるところだったり…。
こうやってポーズをとってるところでも、お客さんには撮られまくっているわけで…。
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天守閣前の広場ではこんな感じです。
はっきり言って人気アイドル以上の盛り上がり方だったりするし…。
そのあと、駅へ歩いて戻ろうとすると…。
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駅のほうからボンネットバス(いすゞBXD30)がやってくるではありませんか!!!
衝動的に乗ってしまったものの、気付けば俺様専用…。
ボランティアガイドの方と楽しく話しながら彦根駅へ。
彦根駅から休日のフリー切符と使うとお得に乗れる近江鉄道線に乗りに行きます。
行先は言うまでもなく豊郷。
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深夜アニメ『けいおん!』の舞台になった学校のモデルになった建物です。
数年前に取り壊しの危機に晒されニュースでも取り上げられた建物だったりするわけで…。
しかもこの校舎、個人の寄付で建てられたというからなおすごいところです。
近々、町の施設として活用されるとのことで、今度は中に入って見学してみたいと思います。
2ちゃんねる情報だと、既に町役場には、豊郷小学校と『けいおん!』の関係について情報が流れているようで、これから何かがありそうな予感がするなんていう書き込みがあったりするのが非常に気になる……。
鷲宮みたいなことになるのか????
ただ、保存運動に関わっている団体と町役場やヴォーリズ建築事務所が揉めていると取れる内容を、保存運動に関わっている団体が自らのサイトに載っているのが個人的には非常に気になるところ…。
単なる自己主張が強い人たちなのか、本当に問題のあることなのかは判断が出来ないけれど…。
そのあと名古屋に戻り、豊明駅の近くにパノラマカーが止まっているというのであえて見に行く。
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駅からやっと見える場所に白帯車が止まっていました。
時々動いていると言う話もあるけれど…。
3日目は、トヨタ博物館などを見学したあと、栄の丸栄の鉄道模型展へ。
ちょうど、SUPER BELL"Zのライブが始まるところでした。
ライブの様子は肖像権とかで問題になりそうなので、会場の様子だけ…。
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左のモニターの奥は普通に売り場で、地元の学校の制服が売られているあたりが何とも言えず妙な感じでした。
このあと、模型を運転しつつカメラカーの映像を流し(途中で保線DJが線路の上に丸栄の看板を置いたのはかなり笑えましたが)、会場を盛り立てていました。
そのあと普通にライブをしたり、エアトレイン(列車の音を再現したり…)なんてのをやったりとかなり盛り上がっていました。

また機会があったら遠征したいですね。

2009年3月27日 (金)

共永興業さんの本社ロビー

先日、阪神なんば線に乗りに行った際に立ち寄った、共永興業さんの本社ビル1階のロビーを思いがけず訪問できたのでさらっと触れたが、今回はじっくりと紹介してみようと思う。
私自身、完全週休二日制の会社に勤めている事もあり、会社の前まで行って外から覗けるだけでもいいと思って行ったのですが、共永興業さんはあとで調べてみると完全週休二日制ではなく四週六休制で、たまたま訪れた日が第3土曜日で午前中が営業日だったのです。
Nz_img_0135 建物の外から見ると、ガラス張りの建物の中にC57148号機が保存されています。
私企業が蒸気機関車の保存を手がけていること自体がすごいのに、本社ビルの建屋の中にきちんと保存されているのには本当に驚かされます。
さらに、この中にはこの機関車を見下ろせるような通路まで設置されているtのには正直驚かされます。
ただ、どうもこの通路をロビーから登ってしまうと執務スペースが丸見えになってしまうようで、関係者以外立ち入り禁止の札がありました。
Nz_img_0137 建物の中に入り、助士側から撮影したものです。
給水用のスポートや腕木式信号機もあわせて保存されています。
この腕木式信号機、上下2段のものが保存されていて、これは駅の手前に設置される場内信号機と通過信号機のペアになったものです。
レールの横に置かれている札には『ブレーキに通気中ですから、バルブ類にさわらないでください』と書かれています。
ひょっとするとちょっと整備するだけで自走するぐらい、すばらしい状態で保存されているのではないかという印象を受けます。
Nz_img_0141a 古レールとかを調べているので、保存している機関車が乗っているレールも調査します。
実際に見て驚いたのは、ここでC57148が乗っているのはNKK(現JFEスチール)製の新品の60キロレールです。
蒸気機関車が引退するような時期には在来線でも60キロレールは殆ど使われておらず、新幹線専用だったのではないかという時代だと認識しています。
昭和50年代までは東海道新幹線でさえ、全線60キロレールになっておらず、部分的に50Tレールが使われていたはずですから…。
共永興業さんの本業が鋼材を商う商社さんですから、古レールよりも新品のレールのほうが入手しやすかったなんていう事情もあるのかもしれません。
Nz_img_0139a1 中には、俳人山口誓子氏の句碑があります。
どんな句かといいますと…
『定まりし 鉄路の上を 火と水の 力によって 走りしものよ ローカルの 線に移りて 残りたる 使命を果し いまここに在り』というもの。
ここでの保存開始を記念して詠んだものではないかと…。
Nz_img_0147a さらに当時の社長の決意が示されたと思われるものもありました。
こちらには以下のように書いてあります。
『わが国発展のため100年余りの永い年月日働きつゞけ 今その大任を果した我々の蒸気機関車 その栄誉と歴史に学び より良い明日を創造する勇者の象徴として こゝに選ばれた陸の英雄 そして生命ある鐵の造形芸術であるSL その代表C57148号機に感謝と畏敬の念をこめ 末永く大切に保存します 昭和49年2月 共永興業株式会社 (以下社長・専務の連名)』
この頃にはSLブームもあり、あちこちで蒸気機関車の保存が始まった年でもあるけれど、当時は地方公共団体への貸与という形でしか保存がなされておらず、私企業が保存に乗り出すというのはかなり大変なことであったと聞いたことがあります。
その中で直接本業と接点がない蒸気機関車の保存を決意した社長さんには個人的に敬意を表したいですね。
Nz_img_0142 機関車のテンダーと壁一面に飾られているナンバープレート。
このナンバープレートだけでもかなりすごいです。
これだけナンバープレートを集め、こうやって公開していることに本当に頭が下がります。

Nz_img_0159 中にC5644号機の動輪も保存されています。
C5644号機ならば、大井川鐵道で走っているではないかという話も出てくるかと思いますが、C5644号機がミャンマー(当時のビルマ)から戻ってきたときに、ミャンマーのメーターゲージ(軌間1000ミリメートル)から、日本の軌間1067ミリメートルに変えるために、動輪を別の機関車とすべて交換しているはず(確かC1293の動輪だったかと…)なので、ここにこうやって保存されているのでしょう。
今度行くときはコンベックスメジャーを持っていって、メーターゲージかどうか確認する必要がありそう…。これは同時に日本に帰ってきた靖国神社のC5631についてもそうですが…。
Nz_img_0158a 正直言って驚いたのは、C5644が乗っているレールのほうです。
保存例の少ない双頭レールが保存されています。
しかもほぼ完璧な状態なのが驚きです。
良くぞこれだけのものを見つけてきたと言いたい。

会社の方の話だと、本社ビルのほかに大阪南港のかもめ大橋を渡ったところにある拠点にも機関車が保存してあるそうです。
googleのストリートビューで探してみると、大阪南港にはC12が保存されているようです。
こちらも今度機会があったらお邪魔したいですね。

 

2009年3月21日 (土)

1泊2日のお出かけ

1泊2日で出かけてきた。
たまたまテレビで伊勢神宮の特集をやっていて、不思議と行きたくなったので思い立ったが吉日、出かけることにした。
先週、ネット仲間のオフ会でお伊勢参りに行くといったら、『地ビール飲みに行くんだろ?』とストレートにいわれてしまったけれど、事実だからしょうがない。
まずは伊勢神宮から。
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内宮の宇治橋も式年遷宮で架け替えの途中です。
こういう形で端がない姿を見られるのも20年に1度だけ。
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仮の橋は木製ではなく鉄製のようで、見た目にはできるだけ宇治橋のイメージを崩さないようにやっているような雰囲気がしました。
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そしてお参りに。
ここが20年に一度立て替えられる場所で、ちゃんとその隣に敷地が用意されていて、石段もありました。

夜は地ビールの伊勢角屋麦酒へ行ってきました。
その昔、船でお伊勢参りに来る際の船着場があったところのお茶屋さんから始まっているそうで、創業から430年以上経っているとのこと。
430年前というと、織田信長とか豊臣秀吉が生きている時代では???
なんでも、伊勢の名物として名高い『赤福』よりも歴史があるそうです。
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そういう中で地ビールが作られています。
世界的にも有名なコンテストなどでも賞を取っている実力のあるメーカーさんです。
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前にここに行った人から、味噌のピザがお勧めだというので、早速頼んでみた。
ここはビールだけでなく、味噌・醤油の醸造も行っていることもあり、こういうメニューが生まれたのだと思います。
他ではなかなか見られない珍しいもので、美味しくいただきました。

そのあと伊勢市のホテルに一泊し、阪神なんば線に乗りに行くために近鉄特急で大阪へ向かう。
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宇治山田駅の案内にしっかりと『神戸』の文字が入っています。
切符売り場の運賃表には、大阪難波から先は『阪神線直通』としか書いていなかったりします。
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そのあと、阪神なんば線の西九条で降りる。
難波よりのホーム先端がこんなに細いのがちょっと意外でした。

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大阪市内で唯一、河底を通り抜ける歩道がある安治川トンネルです。
左側の鉄橋が阪神なんば線の鉄橋になります。
エレベータか階段で地下の通路まで降り、反対側にもこれと同じ通路ができています。
その昔は、自動車用のエレベータなんていうのまであったそうで、その痕跡も残っています。

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そのあと、九条駅近くにある共永興業SL館に行ってみる。
SL館と言っても、どちらかというと会社の本社のロビーに蒸気機関車が飾ってあるような雰囲気もあるけれど、ものすごく手入れがよくて驚いてしまいます。
ここはまた別の機会にじっくりと紹介しようと思う。
そのあと、中之島まで行って京阪中之島線に乗る。
そして、京都祇園四条へ。
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祇園四条の名物、壹錢洋食へ行ってみる。
入り口から妙な雰囲気が漂っているが、店内にはなぜか客席にマネキンが…。
これはこれでまた別のネタにしようかと…。
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四条河原町の『東華菜館』さん。
なかなか味のある建物で、築85年との事。
ちょっと調べてみると、近江兄弟社の創業にも関わった、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設立した事務所の設計によるものだそうです。
この近くにも近代建築のレストラン菊水(こちらは登録有形文化財)があり、なかなかいい雰囲気でした。
そのあと、mixi上でつながりのある酒屋さんに挨拶に行き、キンシ正宗の資料館に寄って帰ってきました。
最後のほうは時間の都合でちょっとバタバタしてしまったけれど、非常に充実した2日間でした。
また機会があったらお出かけしようかと…。

2009年3月 2日 (月)

どうなる東京中央郵便局

今日のニュースを見て驚いた。
今になって東京中央郵便局への保存の動きが出てきているようです。
土地を持っている日本郵政としては、東京駅の真ん前という超が3つ以上つくような一等地に高いビルを建てて収益の柱にしたいのだろうけど…。
個人的には外観だけ残るのかと思っていたのだけれど、徐々に動きが全面保存に動き始めた部分があるような…。
今の総務大臣が鳩山邦夫だからできたことなのかもしれないと思いつつも注目していきたいと思う。
音羽御殿の設計をした人が手がけた建物が丸の内の明治生命館で、こちらは重要文化財にも指定されていることを考えると、まだまだ何かしらの動きがあるのではないかと思う。

東京中央郵便局を重要文化財に指定する運動があると思って調べたら、どうも一度お会いしたことがある知り合いの知り合いの名前が出てて驚いたのも事実だったり…。
やっぱり世の中って狭いのかも。

2008年11月24日 (月)

ひたちなか海浜鉄道訪問記

昨日、鉾田駅保存会と水戸市博物館に出かけた際に、ひたちなか海浜鉄道にも行ってきた。
普段ならば、一気に1日分で済ませてしまうところだったのだけど、色々とネタが拾えたことと11月11日の当ブログにどう考えても、ひたちなか海浜鉄道の社長さんがコメントを下さったこともあって、あえて別エントリーとしてみました。
公式サイトのトピックスをみると、『「ひたちなか海浜鉄道」でブログ検索をするとヒット数が多くて驚く』なんて書かれていてブログを書く身としてはこちらが驚いてしまいます。

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社名が変わり、ロゴマークも変わりました。
基本的には、車体の青い帯の中にロゴが入るのですが、どういうわけだか1両だけロゴの貼られている位置が違うものがいるのはなぜなんでしょう?
何かしら意味があるとは思うのだけれど…。
その一両だけ、車体の青い帯の位置が低く、それも関係しているのかも知れません。
行ったときに運用に入っていたのはこの2両。
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キハ3710-02。常時運用についている冷房車でもあります。
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もう1両は、キハ222。
国鉄時代の標準色をまとっています。
元々は北海道の羽幌炭鉱鉄道が発注したもので、廃止後にやってきた車両だそうです。
せっかくなので、一度那珂湊で降り、保存されている気動車を見に行く。
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こちらが物置として使用されていた、日本初のステンレス気動車、ケハ601。
一時期は本当に動態保存まで考えられたようですが、かれこれ20年近く地面の上に直接置かれていたこともあり、クレーンで吊ると折れる可能性があるとかいうことで断念したと言う話もあります。
更に構内に目をやると、国鉄準急色になった車両がそこそこ撮りやすい位置に止まっていました。
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キハ2004。こちらは留萌鉄道からやってきたもの。
昔の炭鉱はかなり資金力があったことが偲ばれます。

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構内で2段積みになっている台車のようなものについつい目が行ってしまいました。
旧日本陸軍の97式軽貨車と思われるものがあるのに気付きました。
戦後、陸軍からの放出品があちこちにあるとは聞いていましたが、こういう形で見れるとは…。
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更にそのとなりにはもう1組97式の軽貨車があり、こちらもさほど使われている雰囲気はなく…。
大変貴重なものですから、是非とも有効に活用しつつ保存していただきたいものです。
この後那珂湊から、阿字ヶ浦に向かい写真を撮った後帰って来ました。
阿字ヶ浦の駅前には、最近あまり見かけなくなった白ポストが残っていましたが、きちんと管理されている形跡は見受けられませんでした。

今回は、ひたちなか海浜鉄道の訪問が目的ではなかったので、ついつい駆け足での訪問になってしまいました。
今度行く時は、時間に余裕を持って横見裕彦氏のように全駅降りつぶしなんていうのをやってみようかと考えています。

2008年11月23日 (日)

鉾田駅保存会を訪問する

今日は天気が良かったので、鹿島鉄道の鉾田駅跡で活動している鉾田駅保存会の様子を見に行ってきた。
その前に鹿島神宮駅での乗換時間が中途半端にあったので、鹿島神宮へお参りに行ってきた。
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こうやって鹿島神宮にお参りにきたのも、かれこれ20年ぶりくらいで、前にお参りしたときの記憶も曖昧だったり…。
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拝殿の写真がこちら、見事な桧皮葺の拝殿です。
週遅れの七五三と言うこともあって、家族連れが結構多かったのが印象的でした。

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そのあと、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線で新鉾田へ。
この車両、どうやら塗装が簡略化されているような気がしますが…。

新鉾田駅で降り、徒歩で鉾田駅跡に向かう。
前もって地図で調べてはあったのだけれども、本当にこちらでいいのかと疑問に思えてしまうような場所を進む。
前もって保存会の活動日であるのは、保存会のサイトにあるブログで前もって調べていたし、活動に関わっている方も面識のある方なので、アポなしで行ったら、『どうしたの???』と驚かれてしまったり…。
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今保存されている車両は、KR505とキハ601の2両。
KR505はエンジンもかかる状態で、自走も可能なようです。
今回はなかなか画像として出てこないサイドビューを強調した画像にしてみました。
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こちらがキハ601。
国内で現存するのは3両といわれる、キハ07系の生き残りだったりします。
他の2両は門司港の九州鉄道記念館と、岡山のふれあい鉱山公園に保存されています。
ふれあい鉱山公園の車両は、きちんと走れる状態で保存されています。

たまたま話していたときに、水戸の市立博物館で鉄道の展覧会が今日までと言う話が出たので、鉾田から水戸へ向かうことにしました。
ちょうど昼前、手持ちの時刻表をみると新鉾田1331の普通列車に乗って水戸まで行き、そこから市立博物館に行く方法と、鉾田駅1300の関鉄グリーンバスの水戸駅行きに乗って、途中の南町三丁目で降りる方法があることが分かった。
念のため、鉾田駅に隣接する関鉄グリーンバスの営業所に声をかけると、バスだと1時間ちょっとで着くと言う。
目の前のバス停から出て、目的地まで直行するバスと、15分歩いたところから出る列車に乗って、水戸から更にバスで行くのとではどちらが良いかと言う判断になれば、目の前からのバスと言う判断になってしまう。
多少運賃が高くても、地元の様子も良く見えるし…。
営業所で運賃を聞くと1100円を越えると言うので、その場で1000円の回数券を購入し、結局速攻で1冊使い切ってしまうのでした。
乗ったバスは、鉾田駅発の大和田経由水戸駅行きと言う系統。
途中から、広い県道の脇道に入り、集落を抜けたら広い道に戻るのかと思ったら、延々と狭い道を駆け抜けていくという、ある意味とんでもない路線でした。
かなり走っていくと、茨城県庁の前に出て、その先へ行くと千波湖の横へ出て、偕楽園臨時駅を左に見て、水戸市の中心部へと入っていきました。
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そして、市立博物館の『激動の昭和鉄道史』の展覧会を見てきました。
展示自体も、コンパクトな中にかなり見応えのある展示がされていて、見応えのあるものでした。
中に琺瑯看板の展示もあり、ある意味お約束的な、浪速千栄子(本名が『ナンコウキクノ』だったから、オロナイン軟膏の宣伝に起用されたと言う…)のオロナイン軟膏、松山容子のボンカレー、大村崑のオロナミンC、水原弘のハイアース・由美かおるのアース渦巻き、金鳥蚊取り線香なんていうのが飾られていました。

このあと、最寄のバス停から水戸駅までJRバスに乗り、水戸駅から勝田に向かい、ひたちなか海浜鉄道に乗ったのだけれど、それは明日ブログでネタにしようと思う。

2008年11月22日 (土)

足尾駅博物館の活動が始まったようです

せんろ商会 のホームページによりますと、せんろ商会の代表が活動に関わっている足尾駅の博物館計画が動き始めたようです。
まず最初に、足尾銅山を保有していた会社所有している貨車を足尾に里帰りさせることから始めるそうです。
車両が今あるのは、秋田県の小坂駅。
現在運行休止中で、来年春に廃止になる小坂製錬が所有している鉄道の駅構内に眠っているようです。

ここから貨車を運び出すために、トータルで100万円近くかかるそうで…。
そのための緊急募金が呼びかけられています。
ここの代表は個人的に知っているので、是非とも頑張っていただきたいところです。

個人的には応援したい人なので、きちんと態度で示そうかと考えています。
こうしてブログで触れること自体が、応援すると言う態度を明確にしているじゃないかと言う声も聞こえてきそうだけど…。

2008年11月15日 (土)

軍艦島が観光地として整備される

長崎新聞や、読売新聞の地域情報(長崎)によると、長崎市の端島(軍艦島) が、来年の春以降に合法的に上陸して観光ができるようになるそうです。
念のため長崎新聞の記事を引用。
<引用ここから>
長崎市は十四日、来年四月以降に可能となる上陸観光に向け整備中の端島(同市高島町、通称・軍艦島)を報道陣に公開。端島のたどった歴史や、整備事業の概要などを紹介した。

 端島は一八九〇年、三菱による炭鉱の本格操業以来、炭鉱の島として栄え、日本の近代化を支えた。一九七四年一月に閉山し、三カ月後に無人化。二〇〇五年の市町村合併以降は長崎市が管理し、現在は上陸が禁止されている。今年九月には、端島内の「端島炭坑」を含む「九州・山口の近代化産業遺産群」が世界遺産候補に選ばれた。

 市は、端島を観光資源として活用するため、上陸用施設の桟橋と島内に二百十六メートルの見学通路を整備中。見学通路上には三カ所の見学スポットを設ける。事業費は約一億五百万円。民間業者が運航している「軍艦島クルージング」の〇七年度実績は約一万四千人で、上陸観光の開始後は、市は新たに年一万人の集客、経済波及効果約二億二千七百万円を見込む。

 見学通路からは、一九一六年に建てられた日本最初の高層鉄筋アパートとされる「三十号棟」や端島小中学校、石炭を石炭運搬船に積み込むための「貯炭ベルトコンベアー」の支柱などが見学可能。島内は木材やコンクリート、ガラスなどが至る所に散乱し、上陸可能後も、安全確保のため見学通路以外への進入は禁止される。
<引用ここまで>
上で、『合法的に』と断ったのにはわけがあります。
かれこれ10数年前、長崎の浦上にあったユースホステルに泊まった時のことです。
そのユースホステルに、立入禁止のはずの軍艦島の島内で撮った写真が貼られていて、そのときにユースホステルのペアレントさんから、『今度来る時は軍艦島に行きませんか?』とまで言われた覚えがあります。
確かそのときの話では、長崎港から船で、軍艦島に近い有人島の高島に渡り、そこから海上タクシー(どうみても漁船みたいな船だった)で軍艦島に渡るというものだったはず…。
立入禁止の場所なのだけど、どういうわけだか色々なサイトがヒットしてくるのは、やはり無人島と言うところがあるのだろうか…。
どう考えても密航(笑)としか言えない部分があるように思えます。
自分が一緒に仕事をしたことがある人に「軍艦島って知ってる?」と聞かれて、「長崎の炭鉱があった無人島でしょう?」と答えたら、「行ったことあるけど」と言われびっくりしたこともあります。やはりその人も近くの島まで行って、海上タクシーで密航(笑)したんだとか…。

個人的には産業遺産として興味がありますし、アニメソングで数々のヒットを飛ばしたユニット『メロキュア』の岡崎律子さん(故人)の出身地と言うこともあり、一度は行ってみたいと考えています。
長崎港から近くの高島まで30~40分でいけるようですから、観光コースを巡るのを考えると一日コースになりそうな予感もしますが、コンクリートの建物があちこち劣化していることを考えると、一日に受け入れる人数に制限がかけられそうな予感もします。
無人島への往復ですから、船の大きささえ小さくしてしまえば、受け入れ人数の規制なんていうのは簡単にできそうな気もするのですが…。

2008年10月19日 (日)

象の鼻地区の見学会に行く

10月13日の当ブログでもサラッと触れた『象の鼻地区の転車台群』の見学会に行ってきた。
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場所はみなとみらい線日本大通り駅を降りて海のほうに向かった突き当たり。
神奈川県庁の道路を挟んだ向かい側になります。
ちなみに敷地の中から周りを見るとこんな感じ。
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すぐ横には横浜港のシンボル『クイーンの塔』の名を持つ横浜税関があります。
この場所は元々倉庫があった場所で、横浜港開港150周年記念事業として、横浜港開港の地の整備事業で倉庫を解体したあとに発掘したら転車台が出てきたとのことです。
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きちんと形をとどめて出てきたのはこの4基だそうで、調査に当たった方の話だと軌間は1067mmという日本ではごくごく普通に鉄道で扱われている軌間だそうです。
荷物をトロッコに載せて移動するのであれば、あえて1067mmという軌間を採用する意味はないようにも思えるのが何とも…。
ひょっとすると岸壁の近く、入れるところまで普通の貨車を入れるつもりで1067mmを採用したのかと考えられます。
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転車台の見つかった場所の全景になります。
右側の建物の後ろに、キングの塔として知られる神奈川県の県庁舎が見えるかと思います。
左奥には、日本新聞博物館がある横浜情報文化センターが見えます。
そのとなりには、ブログでも取り上げた横浜都市発展記念館があり、その建物の前の地下をみなとみらい線が走っています。
来年の6月2日にはこの場所は広場として開放されるそうなので、このあとどうなるのかを見守る必要があるかと思います。
重要文化財級の発見と言われていますし、元々広場として整備する予定の場所ですからいったいどんな形で保存されるのかちょっと気になるところです。

神奈川新聞(カナロコ)では既に記事になっているあたり、フットワークが軽いというか、ニュース記事をブログ形式で公開している部分の強みが出ているというか…。


2008年10月 3日 (金)

日本鉄道保存協会 2008年総会 2日目

保存協会の総会も2日目。
今日は碓氷峠鉄道施設と、碓氷峠鉄道文化むらの視察。
総会の会議を行った旅館から観光バスで、碓氷峠第3橋梁へ。
Ko_img_0015a



前に訪問した時は冬だってので、そのときとは違い、緑豊かな雰囲気で撮影ができました。
実はこの橋の橋脚に落書きがされていることが問題になっていまして…
Ko_img_0025



その様子をあえてモザイクなしで晒す。
いったいこれをどうやって補修するべきなのか私には分かりません。
表面のレンガだけ取り替えるなんてのは無理なのかなぁ…。
このレンガ自体に荷重がかかっているはずですから、加工すること自体が難しいと思えるし、何よりこのイメージを崩さずに補修を行うのにはいったいどのくらいコストがかかるのか…。
Ko_img_0031



アプトの道の終端にある第6隧道です。
丹念に見ると、その昔トンネルに幕を張ったときの名残であるとか、丁寧に整えられた目地など色々と見ごたえがある場所でした。
Ko_img_0048a1



第3橋梁のケーブルを架ける台と思われるものを撮影したもの。
どうやら、不要になったラックレールを再利用して使っているようです。
そのあと、鉄道文化むらを見学したあと、峠の湯へ行き、そのついでに近くにあるEF63を見にいく。
Ko_img_0122



注意書きを見ると、どうやら個人の方が買って持っている様子。
でもこの場所にどうやって100トンクラスの機関車を持ってきたのやら…。
恐らくトレーラーでの陸送なのだろうけど、この輸送費と言ったらかなり凄いものがあるかもしれません。
そのあと帰りがけと言うこともあり、鉄道博物館に寄って来ましたが、金曜日の夕方と言うこともあり、かなり空いていました。
今度また行く時があったら、こういうことがあったと参考にしてスケジューリングしてみようかと考えています。
また来年も、こうやって日本鉄道保存協会の総会に参加できれば良いなと思っています。

実は、Googleで『日本鉄道保存協会』で検索すると、公式サイト・編集長敬白(レイルマガジン名取編集長のブログ)・そしてこのブログの順に出てくるのには、書いている本人が驚いていたりします…。

2008年10月 2日 (木)

日本鉄道保存協会 2008年総会 1日目

昨年に引き続き、日本鉄道保存協会の総会に行ってきた。
今年の会場は群馬県の安中市。
総会を磯部温泉と碓氷峠鉄道文化むらで行いました。
今年の総会では、国土交通省の鉄道局の方の講演、そして英国保存鉄道協会会長のD・モーガン氏の講演(全て英語でしたが、ところどころで日本語の翻訳が入り個人的には助かったけれど、自分の語学力のなさにちょっと恥ずかしくなったので努力しなくては…)、そしてさまざまな事例報告・講演などがあり、非常に濃い内容でした。
今年の総会は、旅館を貸切にできたと言うこともあり、一般の方でも興味があれば参加できるようになっていたようですが、果たして参加した人はいたのだろうか…。
ちょっと気になるところではありますが…。

色々と濃い話ができ、行きたいところが増えてしまうのがこの総会に参加する際の悩みどころであるところもあるのだけれど…。
贅沢な悩みだというツッコミも入りそうだけど。

2008年5月21日 (水)

足尾駅に産業交通保存館ができるらしい…

毎日新聞栃木版の報道によりますと、わたらせ渓谷鐵道の足尾駅の駅舎を活用して博物館が作られるようです。
今あるNPO法人足尾歴史館と、トロッコ列車の保存活動などで知られる『けいてつ協会』 が音頭を取って何か面白いことをしてくれるような雰囲気を出しています。
ここのところ、わたらせ渓谷鐵道でも足尾周辺で色々とイベントをやっていて、今年は確か駅前にオート三輪を並べたり、昔ながらの電話ボックス(上が赤い丹頂鶴と呼ばれるもの)を整備したと聞いています。
どうもつい最近、10トンクラスのディーゼル機関車が搬入されたようでこれからが楽しみ。
今後に期待したいですね。
足尾まで行くとなるとかなり大変かもしれないけれど、日帰りできる範囲ではあるので近いうちに行ってみようかと考えていたり…。
そのときは必ずブログでネタにします。

2008年5月 4日 (日)

国立科学博物館へ

今日は久しぶりに国立科学博物館へ行ってみた。
と言うのも、博物館の中でマツダのロータリーエンジンの展示が行われていると聞いたから…。
一度マツダ車を買うと次もマツダを買わざるを得ない状態に陥るなんて昔は言われ、『マツダ地獄』だの『ロータリー地獄』なんていう言葉まで聞いたことがあります。
Ko_k001 ロータリーエンジンを搭載したRX-8だと思って、写真を撮ったあとに調べてみると、次世代燃料として注目されている水素を燃料として使う水素ロータリーエンジンを搭載した車です。
水素ロータリーエンジンと言っても、水素以外にガソリンでも動くようになっているという記述も資料にあったり…。
水素燃料だけで動くと言うのは、安全性の問題や供給源の問題などで色々と大変なところがあるようで、実用化はまだまだ先のようです…。
Ko_k002 マツダが世界で初めて実用・量産化したロータリーエンジンのスポーツカー、コスモスポーツ。
1967年生産開始と言うかなり年代モノで、同年代の車と言うと、日産だとハコスカ・510系ブルーバード、ホンダだとS800、トヨタだとスポーツ800とか2000GTなんかが同時期になるようです。
マツダのマークがロータリーエンジンのローターの中に入っているマークになっています。
Ko_k003 コスモスポーツを後から。
このリアデザインも独特で、今公道を走っていたら間違いなく注目を浴びるでしょう。
私みたいに、ちょっとでも古いものに関する知識があると、振り向くどころかすぐにカメラを向けちゃいそう…。
ロータリーエンジンについては企画展示と言うよりは、ちょっとした特別展示と言う感じではあったけれど、やはり『プロジェクトX』に取り上げられたこともあり、注目されていたように思えます。
Ko_k004 同じフロアには黎明期のコンピューターも展示されています。
その中から、マルス101。
マルス101の最大の特徴である活字棒も保存されているのがなんとも嬉しいところ。
奥に見えるのが本体で、こちらには日立のロゴがちゃんと入ってます。
奥の活字棒の内容をみると、新幹線の列車情報の活字棒が入っていたので、年代的にはマルス101・102・103が共存していた時代のものではないかと…。
マルスの紹介ビデオもあり、見てみましたが昔の回転台の時代の映像があったりなかなか見ごたえのあるものでした。
このマルス101、実際に稼働していたころは秋葉原の駅前にあったそうで、どうも部品が壊れたらすぐに駅の横のパーツ屋さんに部品を買いに行けるということを考えた上で場所が選定されたらしいという噂を聞いたことがあります。

鉄道博物館でも同じことをやってくれないかなぁと期待しても、ちょっと無理があるかもしれません。
どうせならマルス1もこういう場所に展示しないと…。

2008年5月 3日 (土)

Old-timerと言う雑誌

年代モノの車の愛好者向け(だと個人的に思っている)の雑誌にOld-timerという雑誌がある。
たまたま立ち読みようと手に取ったのだけれども、『国産レア車アルバム』と、かなり凄いコレクターのことが載っていたのでつい買ってしまった。
コレクターの一人は、徳島の人で古いダットサンを集めて居るという人。
持っている車を見ていると、コレクターと言うよりは私設博物館に近いレベル。
しかも1935年製と言う貴重なダットサンを自走可能な状態を維持してるという。
もう一人は、広島のエクシードタクシーと言うタクシー・観光バス会社の社長さん。
マツダ(この場合、東洋工業と言ったほうがいいかもしれないが)の車の一大コレクションを持っているそうです。
その中でも、デザインが特徴的なマイクロバス、マツダライトバスを2台所有していて、それも川崎航空機工業(巡り巡って今のジェイ・バスになる)製の車と、西日本車体工業製の車を持っているという。
いずれは公開予定だとか…。
そしてもう一つは、福山の自動車時計博物館。
数年前に行ったのですが、なかなか凄くて見ごたえのある博物館だったのは覚えています。
車もスポーツカー等の印象に残りやすい車よりも、普段使っているような車が色々とあったりして、しかも自走可能なボンネットバスを数台持っていたりと、なかなか凄い博物館だったりします。
ここで有名なのは、古いバスを再生して農家の物置だったようなものまで車検を通るレベルまで整備することで、今も数台のレストアをやっているんだとか。
また機会があれば行こうかと考えています。
そして、別冊『”よく知らないクルマ”総ざらい! 国産レア車アルバム1955~1975』と言うのがまた凄い。
一応メーカーごとに目次はついているのだが、その中でも分からないメーカーがあったりするのが凄いところだったり…。
ざっと見た感じでは、やはりレア度が高いものはバンが多いような気がします。
例えば日産の510系のブルーバードのバンとか、トヨタだとパブリカ800のバンとかですね。
写真として載っているものには、いすゞベレットのLPG車なんていういかにもタクシー用の車とか…。
ホンダのスポーツカー、スポーツ360はホンダの技術者は全部潰したと言っているけれど、未だに誰かが隠しているという噂が絶えないとか。
蒸気機関車でも似たようなことがあって、国鉄で最後に検査を受け、機関区の火事で機関庫ごと火事で燃えてしまった機関車の前面が大阪南港の倉庫から出てきて、京都の嵯峨野観光鉄道の沿線に保存されているなんていう事例もありますし。
当時は、完全に焼け落ちてしまったので処分したと信じられていたらしいのですが…。

メジャーなメーカーでさえ怪しげな車がいくつも出てくるのですから、今となっては自動車生産から撤退してるか、会社ごとなくなっちゃったような怪しいものまで…。
私自身、古いものが好きなせいか、普通に道を歩いていてもホンダN360とかケンメリ・ハコスカに遭遇する率が他の人よりも高いような気がしてなりません…。

2008年3月20日 (木)

松山・伊予西条へ

予定通り、愛媛と広島に行って来た。
20日の日記となっているけれど、実際に更新しているのは23日です。
東京は天気が悪く、雨が降っていた。
そんなな中空港へ向かう。
飛び石連休の祝日と言うこともあり、飛行機は満席。
かといってレジャー客はさほど多くなく、ビジネス客が多い。
マイレージ上級会員が多くいたけれども、どの人も修行僧と言うわけではなく、普通に出張が多くて結果として上級会員になったような人たちばかり。
ずっと天気が悪く雲の上ばかりを飛び、地上が見えるようになったのはもう松山空港への着陸態勢に入った頃。
松山に行ったらどうしても行きたかった場所がここ。
20_01 全国的にも有名なトンカツ屋『清まる
見た目にはごくごくごく普通のトンカツ屋なのですが…。
それはメニューを見るまでの話。
メニューに『のーまるかつ』『あぶのーまるかつ(中級)』『あぶのーまるかつ(上級)』なんていうのがあったりします。
あぶのーまる(上級)には、かすたーどちーずかつ(辛口)定食なんてのがありましたが、いったいどんな味がするのやら…。
20_02 今回はいきなりあぶのーまるかつ(上級)にチャレンジする気はなかったので、あぶのーまるかつ(中級)の『こってりちーずまよかつ定食』を選んでみた。
食べても普通に美味しいし、特段変なところはない。
いたってノーマルと言う感じ…。
そして食後には…
20_03 この店を一躍全国区に押し上げた『とんかつパフェ』
前の職場に配属になった新人が偶然とはいえ松山出身で、飲み会のときに、「松山に変わったとんかつ屋があるんだってね?」って振ったら、「なんで知ってるんですか!?」って驚かれたことも…。
そのときにケータイで撮った、かすたーどちーずかつ定食の写真を見せてくれたように覚えています。
一度揚げたトンカツを冷蔵庫で冷やしてから作ることで、作るのには若干時間がかかるようです。
どんな未知の味かとは思ったけれど、普通に美味しくて楽しめました。
たしかにトンカツがパフェに刺さってるあたりは衝撃的ではあるだろうけど…。
20_04店内には桃太郎電鉄シリーズのさくまあきら氏のサインなども飾られていました。
テツandトモのサインもあることを考えると、桃太郎電鉄シリーズのキャンペーンのついでにでも寄ったのだろうか?

ちなみに『清まる』への行きかたですが…。
1.道後温泉本館に背を向け目の前の道をまっすぐ行ったところ
2.伊予鉄の路面電車・松山空港リムジンバスの南町停留所を降り、県民文化会館の東側の道をまっすぐ進む。
しばらくすると、左側にマリア様の像が見えるので(キリスト教系の幼稚園の屋上にある)、その先の交差点を『マリア様がみてる』方向へ進むと、進行方向左側のビルの1階にあります。
そのあとホテルに荷物を置いて、伊予西条へ向かう。
その前にJ・H・モーガンが設計したという学校の門があると言うので様子を見にいく。
確かに門はあった。でも生徒がそれなりにいたので翌日の朝に再度行くことにして引き返す。
なんせ、ミッション系の女子中・高校ですから、あらぬ誤解を受けたくなかったんで…。
20_05 伊予西条へ向かうべく、松山駅で特急を待っていると、目の前に現れたのは『アンパンマン列車』。
ちょうど入替の途中で、この編成の先頭車が松山始発となり、宇和島発の特急の先頭に連結される。
どちらも全ての車両がアンパンマン列車となっている。
去年のゴールデンウイークにも同じ時間の列車に乗っていたりする。
また例によって、手を振っている子供たちについつい反応してしまう…。
20_06 今回の目的地、鉄道パークinSAIJO。
日本ナショナルトラストの四国鉄道文化館や、第4代国鉄総裁十河信二氏の記念館などがありところです。
しかも駅からすぐ、ホームからも良く見えるところで、親子連れがアンパンマン列車に手を振っていたり…。
20_07四国鉄道文化館の正面はこちら側。
この中に新幹線車両の先頭部と、DF50が保存されている。
この反対側には大きな扉があり、線路は予讃線と繋がっているという。

20_08 こちらが十河信二記念館。
地元の市長を務めたこともあり、その功績をたたえている部分もあるようです。
新幹線に関する功績はかなり取り上げられていたけれど、今のJRのオンラインシステム『マルス』の1号機が動き出した頃の総裁も十河氏ではなかったのかな?
そのあたりの功績が全く載っていないのがちょっと残念なところ。
20_09 四国鉄道文化館の展示品の中から。
レールが3本飾ってあって、手前から50N・50T・60レールです。
50Tレールなんてあまり生産量が多くなかっただけに、いったいどこから出てきたのやら…。
鉄道文化館の中には一寸高くなっている部分がありまして、そこから館内を俯瞰撮影したもの。
20_10 木造の立派な建物の中にDF501と新幹線の先頭車の一部が保存されています。
鉄道系の資料館にしては大変珍しい土足厳禁となっています。
このアングルの右側の窓の外は伊予西条駅のホームです。

この後また特急で松山に戻り、道後温泉本館へ。
20_11 ちょうど道後温泉のお祭りの時期と重なったこともあり、道後温泉本館の前をお神輿が練り歩いていました。
その様子をちょっと見た後、そのまま隣の道後麦酒館で飲んでました。
元々酒蔵がやっていることもあり、地ビールだけでなく、日本酒もそれなりに揃っていて、カクテルなんかもありました。
そのカクテルの配分を調整するときに『ぐい呑み』を使っているところを偶然見ちゃいました。
大体松山近辺で行く場所には行ったので、今日のスケジュールは終了。

2008年2月17日 (日)

登録有形文化財制度って…

ここ数日、新聞のニュースなどで、登録有形文化財に登録されている建物がなくなると言う記事が流れています。
湯河原にある『天野屋旅館』と言う建物なのですが、リゾートトラストが取得して一度更地にしたあと会員制リゾートホテルになるらしい。該当記事はこちら(神奈川新聞)
何も登録有形文化財を潰してまで平凡なリゾートホテルを建てる意味なんてないのにねぇ…。
何もどこにでもあるようなホテルを建てて商売することはないのにねぇ…。
それは一般にビジネスホテルがやるべきことではないのかと思う。
過去に同社は箱根の宮ノ下にある登録有形文化財の旅館を潰して会員制リゾートホテルを建てているという。

リゾートトラストは上場企業なんで、試しに株式市況のページで調べてみると、ここ一ヶ月くらい株主が真っ青になるようなローソク足が出てくる。
平滑移動平均がずっと右肩下がりとなるということは、株を売る人が多くて買う人がいないと言うことになるはずだから、株を手放したい株主が多いということだな…。
株主と思しき人たちの掲示板の中でも『売りたい』『強く売りたい』なんていう内容がチラホラと…。まだ過去最悪の株価にはなっていないようだけど、来月オープンのリゾート施設の成績次第ではどうなることやら…。
2ちゃんねるの中で、スレッド検索をしてみると、ホテル旅館板に『リゾートトラストの悪いところ』なんていうスレッドがヒットします。
こういうアンチスレッドがある場合、たいがいシンパのスレッドもあるのですが、この会社についてはそんなスレッドが存在しない…。
ま、中にはアンチとシンパがごっちゃになってるところもあるけどねぇ…。
この会社は問題ありのブラック企業って捕らえちゃっていいですか?

企業保有の財産であるわけだから、利益を上げるためにどうしようと勝手だという意見があるのは分かるけど、登録有形文化財制度のもと登録されているのですから、それを保存するのは所有者の義務であろう。
今は届け出さえすればできてしまう解体撤去を許可制にするなど、規制を強化するべきではないかと思う。
そのために土地にかかる諸々の税金が優遇されているのですから…。
こういうことが再び繰り返されると、登録有形文化財制度自体が形骸化してしまう。

このままだと悪質な業者の手によって、不動産業者にとって美味しい場所にある登録有形文化財がなくなっていくことが増えていくのではないかと思うと怖い。
文化財を破壊すると言う悪意のある申請は受け付けないとか、重要文化財指定にするという対抗手段ができないものか。
中には憲法違反だと騒ぐ人もいるかもしれないが、憲法には『公共の福祉に反しない限り』という但し書きがあるから何とかなるだろう。

近代化遺産や文化財の保存活動などに関わっている私の自論をあえて示しておく。
・近代化遺産や文化財は地域の宝
・近代化遺産や文化財は所有者が守るもの(←残したいから所有者が登録に協力すると言う意味)
・近代化遺産や文化財は地域住民や行政が主体となって、有識者のアドバイスを受けながら守るもの。
・お金が出せないなら知恵を出せ。そうすればいずれ道は開ける。

上に紹介している記事を読むと、地域住民や行政が動こうとしている雰囲気が感じられないことをすると、本当に悔しいけれど指をくわえて見ているしかないようだ…。

2007年12月27日 (木)

若桜鉄道を有形文化財に登録申請へ

産経新聞の報道によれば、鳥取県の第3セクター私鉄である若桜鉄道の施設などが一括して、登録有形文化財として申請されるそうです。
若桜鉄道が開業したあとにできた駅など、完成してから50年経過していないものをまとめて申請するのだとか…。

鉄道施設を一括して申請と言うのは今までに例がなかったように記憶しています。
駅舎単体だと、南海の浜寺公園・同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原・上毛電鉄の西桐生など色々とありますが…。
駅構内となると、上毛電鉄の大胡の駅舎・車庫・変電所・鉄塔なんていう例がありますが…。

今年の8月には、兵庫県の多可町からC12型蒸気機関車を持ってきています。
そして、コンプレッサーで動くようになるまで整備をしていますし…。
私自身、この機関車の譲渡が決まった頃に訪問しているので、改めて訪問しなければと思っているところです。

2007年12月16日 (日)

趣味を持つということ

またR25からネタを引っぱってくる。
『趣味と呼べる範囲って?』 と言うもの。
その中で、NHKの『趣味悠々』のプロデューサーは、「一定期間続いているもの、長く続けていて苦ではないもの、などという意味で継続性がひとつあげられるのではないでしょうか。また、ノウハウが蓄積されていること、刹那的なものではなく、深く探求していける、そのものを通して友人が増えたり自分自身を磨くことができるなど、段階を経て楽しめるものという面もあるでしょうね」と言っています。

確かに趣味と言う言葉でまとめるのであれば、これが一番適切であるように思えます。
自分自身趣味と言えるものはいくつかあり、それでもこの条件に当てはまるものがいくつかあるのも事実です。
トラストトレインの保存活動に関わるようになったことで、普通に鉄ちゃんをしていたら絶対に会えないような鉄道趣味界の重鎮や、産業遺産の認定委員をしている先生にお会いできたり。
地ビールを楽しむにしても、たまたま知り合いがその世界で有名なお店に勤めていたこともあって、ひいきの銘柄の醸造責任者の方とお会いできたり…。
ただ楽しんでいるだけじゃなくて、ちょっとだけ勇気を出してある集団に所属することで、趣味の楽しみを一気に広めることができると思います。
鉄道趣味の中には、人脈を構築する努力をせずに、人脈のある他人を妬む人までいるんだとか…。
そういう人から見れば、私なんか妬みの対象になりそうで怖い…。

2007年12月15日 (土)

汽忘会

昨年に引き続いて、汽車旅フォーラムの忘年会『汽忘会』。
今年は碓氷峠へ行ってきました。
今年はちょっとだけ趣を変えて、JRバス関東のバスで向かいます。
Lsimg_0001最初から高速バス車両でやると言う予告はありましたが、実際に行ってみると、ちゃんと料金箱や降車ボタンのついたものでした。
社番はH654-02416。
社番とナンバーの登録年次が微妙に食い違うと思ったら、新車で西那須野に配属されたあと、東京へ移ってきた車両のようです。
東京支店所属で4列の固定窓の車は青春ドリーム兼用と聞いたことがありますが、確かにリクライニング角度が普通の車よりも大きかったように思えます。
途中、上信越道の甘楽パーキングエリアで休憩。
Lsimg_0004パーキングエリアに止まっている車両運搬車の荷台に乗っている車に釘付けです。
最初は外車かと思ったのですが、よく見ると日産スカイライン!
2代目のS50型スカイライン2000GTです。
実は初めて見ました。どうも東京オリンピックの頃に作られた車のようです。
Lsimg_0007 軽井沢の駅前で客扱いをしているところです。
ここにJRバス関東の路線バスが来ること自体は珍しくないのですが、東京支店の高速車がここに来ることが非常に珍しいと思います。
本来であれば、ここは長野原か小諸の管轄になるはずですから…。
ここで駅前の記念館を見学。
Lsimg_0016 記念館の横には、草軽電気鉄道の電気機関車が屋外に展示されています。
なんでも、元々は鉱山用の機関車を改造したものだとか…。

Lsimg_0021そのあとバスで国道18号線の旧道を下り、碓氷第3アーチ橋へ。
このあたりの建設工事は難工事であって、しかもその成果が大きかったこともあり、長野県の県民歌『信濃の国』の6番に『吾妻はやとし 日本武 嘆き給いし碓氷山 穿つ隧道 二十六 夢にもこゆる汽車の道 みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき 古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い』と歌われています。
Lsimg_0038 上のアーチ橋を渡り、峠の湯までの区間がアプトの道と言う名前の道が整備されていて、途中のトンネルも綺麗に整備されています。
このあたりは国の重要文化財に指定され、世界遺産の暫定リストにも登録されているようです。
なんでも、養蚕業に関わる輸送施設の扱いだそうで…。
Lsimg_0089a このあと、峠の湯で食事をしたあと、碓氷峠のトロッコ列車『シェルパくん』に乗り、碓氷峠鉄道文化むらを見学して帰宅しました。

また来年もこういう集まりがあれば参加しようと考えています。



2007年12月 8日 (土)

トラストトレインの模様がNHKで放送される

12月1日の当ブログでネタにしたNHKのラジオ番組が放送されました。
朝起きられないかもしれないと言うことを考えて、前もってタイマー予約をセットしておきました。

どのような内容で放送されたかといいますと…
・SL復活から30周年を迎えたこと
・新金谷駅での改札放送
・SLを待つお客さんの様子
・今年C5644が復活したこと
・大井川鐵道のSL車掌さんのアナウンス
・大和田駅近くの老人ホームの様子
・車庫の整備の様子
・そしてトラストトレインのボランティアの様子
 ナショナルトラストのプロパティマネージャーの的確な指示が流れています
・結びとして、SL車掌さんのアナウンス

録音している現場をり見ているんで、ついつい聞き入ってしまいました。

ただ一つだけ残念なことは、私の声が電波に乗らなかったことくらいかな(笑)。
録っているアナウンサーも鉄道好きなのは別井アナウンサーのブログを見ていただければ充分わかるとは思います。
ブログの中に私もさり気なく出ていたりします。
これが、今年最後の運転日じゃなかったら、次回のボランティアに来る人も増えたりするんだけど…。
私自身、NHKの『週刊ボランティア』のおかげでトラストトレインボランティアに参加するようになった部分もありますから…。
他人のブログに姿が写っているのは、私がわかっている限りではこれが4回め。
残りの3回はレイルマガジン名取編集長の『編集長敬白』だったりします(^^;;

2007年12月 2日 (日)

近代製鉄150年

新聞等の報道で知りましたが、日本の近代製鉄150周年を祝う行事が岩手県の釜石市であったそうです。
最初に高炉で製鉄を行った場所が岩手県の釜石市にあり、それを記念したモニュメントもあるようです。
確か高炉のあったあとは橋野高炉跡とという史跡にになっているはず。
なぜ釜石で製鉄業が始まったかと言うと、この近くに鉄鉱石の取れる鉱山があったからだと聞いています。
ここの実績を基にして作られたのが官営八幡製鐵所。
これが巡り巡って今の新日本製鐵になるわけで…。
Higashida八幡製鐵所の東田高炉は公園になっていて、保存されています。
この写真は鹿児島本線のスペースワールド駅で撮影したもので、この位置から左後ろを向くと、スペースシャトルが見えるような場所です。
町の発展を支えてきた設備であることと、鉄鋼業への理解を深めるための展示がなされており、高炉の周りにはパネルや人形を使った説明があります。
操業中であれば、宇宙服のような服を着ないと近づけない場所であると言うのも関係しているかも…。
ごみ処理の焼却炉の中でも最新鋭の技術といわれているガス化溶融炉(なんでも割れた皿を燃えるごみに出せるらしい)も高炉の技術を生かしたものなのだとか。

2007年12月 1日 (土)

今年6回目の大井川

今日も大井川鐵道のトラストトレインボランティアに行ってきた。
かれこれ今年は6回目。
今まで通算だと、何回行ったか自分でも明確には覚えていないが恐らく20回近くは行っていると思う。

朝、新幹線に乗るべく最寄り駅から特急に乗ったら、検札に来た車掌さんが知り合いでちょっとビックリしてしまいました。
これがこのあとのビックリすることの前兆であったとは…。

今日も列車は7両編成で行きはほぼ満員という混み具合でした。
鉄道好きの人たちが先頭車に乗っていると言うのでパンフレットを届けに行く。
なんでも、大井川鉄道の元副社長の白井さんを囲む会だとかで、なかなか濃い人たちだったようです。

そこから持ち場へ戻る途中、呼び止める人が…。
鉄道雑誌、『鉄道ピクトリアル』の編集長でした。
前に一度お会いしたことがあるのですが、まさかプライベートで乗ってくるとは…。
自分自身毎号買っている雑誌の編集長だけに、もっと色々とお話をしたかったけれど、それは別の機会になってしまうだろう。

帰りには、NHK静岡放送局の別井敬之アナウンサーがNHK第一放送の取材で乗っていました。
ラジオの取材なのでカメラは持たず、DATデッキをぶら下げての取材でしたが、マイクにさり気なくNHKのロゴが入っているだけで、パッと見た感じではどう見ても普通の録り鉄…。
せめて局のロゴ入りの腕章でもしてもらわないと、仕事に見えないように感じてしまいました。
このときの模様は12月8日の06:43から放送されるようです。
ラジオ体操が終わって、その後のニュースをはさんだあとに流れるもようです。
もちろん全国放送なので、これからどう放送されるかちょっと楽しみです。

最初のうちは、地元の局のアナウンサーがたまたま取材に来ただけだと思っていたのですが(よくよく考えればアナウンサーが単独で取材と言うのもなんか変だとは思うけど…)、NHK静岡アナウンサーブログ を見ると「この人テツだ!」と鉄子の旅の原作者に言われちゃいそうな人でした。
これからどんな鉄ネタで出てくるのかちょっと楽しみです。
静岡放送局に来る前は神戸放送局にいて、関口知宏の鉄道のりつぶし番組に出演したり、尼崎の脱線事故のときに趣味の知識を生かしたレポートを出していたという。
アナウンサーで鉄ちゃんというと、どうしてもフジテレビの堺正幸アナとか、同じフジテレビの笠井信輔アナなんていうのがすぐ思い浮かびます。
まだまだ他にもいると言う話も…。
テレビ番組の撮影を担当してるカメラマンには鉄ちゃんが多いような気がするのは私だけ?

2007年11月17日 (土)

日本工業大学を訪問する

今日は、埼玉県宮代町にある日本工業大学工業技術博物館に行ってきた。
ここは、旋盤やフライス盤などの工業機械の保存をやっているところ。
NC旋盤などもほぼ完全に動く状態で保存されている。

ここには蒸気機関車が保存されていて、それを見にいったのが今回の目的。
Saimg_0017 西濃鉄道で活躍し、そのあと大井川鉄道に移ったB6。
毎月1度の運転が行われていて、そのときに庫外に出てきます。


Saimg_0026 機関車の左側を撮ったのがこの写真。
どう頑張っても逆光なので後が白く飛んでしまっているのは致し方ないところ…。

手前の青いホースは、車庫内のコンプレッサーにつながっていて、圧縮空気を補うためにつけているものです。

Saimg_0036 保存運転区間の全景。
だいたい150メートルくらいといったところ。
場所の関係上一直線と言うわけではないところがこの画像でもわかるかと思う。
こういうものが大学のキャンパス内にあると言うのは、ある意味恵まれていると思う。

ちなみにここへのアクセスは、東武伊勢崎線東武動物公園駅から歩いて15分。
できれば運転日にあわせて行くことをオススメしたい。
ここに行く前にあちこち行ったのですが、そのネタは明日のブログで…。

2007年11月 9日 (金)

ナショナルトラスト運動について

本日付の読売新聞に以下のような記事が載りました。

==引用ここから==========================

「富士」国立公園内の土地、トラスト協会が景観保護で取得

 日本ナショナル・トラスト協会(東京都豊島区)は8日、富士箱根伊豆国立公園内に第1号トラスト地を取得したと発表した。
 山梨県富士河口湖町の採草地約1万平方メートル。周辺で別荘建設が進むなど乱開発の危険があるため、同協会が所有者から約1670万円で買い取ったという。
 トラストは、乱開発による環境破壊から守るため、市民団体らが土地を買い上げる運動で、日本では約40年前に始まった。
 同協会によると、協会加盟の38団体が知床半島や鎌倉などに計約5500万平方メートルのトラスト地を所有している。同協会でも「トラスト地購入に役立てて」という寄付があったのを機に今年3月に基金を創設し、土地取得に乗り出した。
 同協会は「富士山の世界遺産登録に向けた動きを後押しするとともに、税制の優遇措置を盛り込んだナショナル・トラスト法の制定を国に働きかけたい」と話している。
(2007年11月8日19時4分  読売新聞)
==引用ここまで==========================

この記事について重大な錯誤があるので指摘をしておこう。
そもそもナショナルトラスト運動は、乱開発による環境破壊から守る活動ではない
本来の意味は『自然や街並みや歴史的建造物などを国民的財産として次世代へ引き継ぎ、維持・活用しつつ次世代へ引き継いでいくこと。』であることではないか。

この記事を読んで、大井川鐵道のSL列車はどうした、白川郷の合掌造りはどうした、千駄木の旧安田邸はどうしたと疑問を持った方もいるかと思う。
しかしこの記事をよく読んでいただきたい。今回記事になっているのは、『社団法人日本ナショナル・トラスト協会(以下「社団」と略)』であって、『財団法人日本ナショナルトラスト(以下「財団」と略)』ではない。

大井川鐵道のSL列車や白川郷の合掌造りや千駄木の旧安田邸を持っていて、私が関わっているのは財団のほうです。
ただ、たまに「財団法人日本ナショナルトラスト協会」という怪しい記述が普通に本に載ってなんていうのもあります。
中には財団の会員として名を連ねるトラベルライターがこういう記述をしているのはいかがなものか。

私が社団の存在を知ったのは、皇后陛下の実家の一騒動(最終的にはねむの木の庭と言う公園になった)のときで、色々と調べていて偶然ヒットしてきたもの。
というのも、社団の会長は愛知和男代議士で、国会の質問でこれをネタにした政治家(ちなみに西村慎吾代議士)がいたからと言うもの。確かこの人リクルート事件で捕まりそうになったんじゃなかったかな?
ちなみに財団の会長は、最後の国鉄総裁を務めた杉浦喬也氏である。

社団と財団は監督官庁自体が違い、財団は国土交通省、社団は環境省となっていたりします。
愛知和男氏の経歴を調べると、環境庁長官をやっていたそうなので、環境省所管なのはなんとなく想像もできます。
こういうこともあってか、社団の人たちがどんな人たちでどういう活動をしているか一切知りません。
その社団に加盟している団体にどういう人がいるかもいまいちよく知りません。
トラストトレインの中で私に今回の記事のことを聞いても、答えられることは今までに書いたことだけなので、ご了承のほどを…。

自然の保護となると、それが観光資源となるのであればこの国では国土交通省の管轄となりえて、環境保護であれば環境省の管轄ともなりうる、そして重要文化財や世界遺産にするかどうかを決めるのは文部科学省となったりする。

財団が今までどのようなことをしてきたかや、ナショナルトラスト運動がどういうものか知りたいと言う方にはこの本をオススメしたい。

米山 淳一著 「地域遺産」みんなと奮戦記―プライド・オブ・ジャパンを求めて
出版元は学芸出版社、ISBN978-4-7615-1227-9。

著者は長年財団に勤め、さまざまな保存活動に尽力してきました。
財団を退職後地域遺産プロデューサーとして活躍しています。
今年、江戸東京博物館で開催された『大鉄道博覧会』のコーディネーターをされた方です。
すごく人あたりのいい人で、仕事柄全国あちこちを飛び回っていることもあり、意外なところで知り合いに会ったりすることも…。
書評は別の機会に譲りますが、地域遺産の保存等に関わっている人に会う場合は、挨拶状代わりにこの本を持っていったこともあります。

個人的には、私は財団のボランティアメンバーとして、社団に負けないだけの活動をしていると自信を持っているつもり。社団の人たちも財団に負けない活動をしていると言う自信を持って活動をしてくれていればそれでいいかなぁと思っています。

私の考えの中では、社団のほうは環境省系だから、自然環境にしか関わることができないと足かせができていると思っています。
財団は国土交通省系なので、自然環境も街並みも産業遺産もなんでもできると思っている部分もあったりします。

2007年10月12日 (金)

日本鉄道保存協会 総会二日目

鉄道保存協会の総会も二日目。
普段であれば、皆でホテルに泊まって部屋で2次会というのがお約束なのですが、今回は東京なのでそれはなく…。
その代わりにといっては何だけども二次会の席が用意されていて、そこで親交を深めました。
朝起きてみると、ニュースで自動改札機のトラブルが報道されていました。
Sr001_2 東京駅の構内にある鉄道に強い本屋に行くために東京駅で降りると、東京駅の改札はこんな状態に…。
これは改札外から入口用を撮ったものですが、こういう状態になってしまうのはちょっとびっくり。
そして何とか大宮へ到着。
列車は正常に走っていましたが、精算所が混んでいて遅刻してくる人も…。
Sr002正面玄関の様子です。
内覧会の看板が出ていて、かなりスタッフが出ていて盛んに挨拶をしています。
どうも、鉄道関係者だけでなく、地元の人たちも呼んでいた様子。
このあと受付で招待状を出すと…回収されちゃいました。
普通はこういうときの招待状って回収しないものではないのかと思うのですが、何か思うところがあって回収しているのでしょう。
まあ、あて先は入っていないから個人情報の問題はないとは思いますけどね。
ここからはちょぼちょぼと館内から小ネタを拾っていきます。
まずはSLシミュレータに付けられているステッカー。
Sr003 上から
・トータルメディア開発研究所
・音楽館
・サイエンティフィックつくば・ファイン
・三菱プレシジョン
の4社のもの。

一番上のトータルメディア開発研究所 は博物館や資料館などの展示コンサルティングを手がける会社で、ここ以外にも呉の大和ミュージアムなども手がけているところ。

あちこちの博物館に行っても、雰囲気が似通っていたりする印象を受けるのはこういうコンサルティング会社があるからと言っても過言ではないでしょうか。

その次の音楽館 は、言うまでもなくあの向谷実氏が率いる鉄道シミュレーターでは名の知れた会社。

社長の向谷氏自ら会場にいたのにはちょっと驚きました。さすがにいきなり写真を撮るのはちょっと憚れますし…。

その下のサイエンティフィックつくば・ファインのうちサイエンティフィックつくば は公式サイトを見つけました。どうも映像を生かしたシステム開発に強みを持つ会社のようです。

その下の三菱プレシジョン は元々シミュレータに強みを持つ会社で、大型シミュレータだとここの協力なくして作れないのでは?

この銘板のようなもの、ちゃんと国鉄書体のフォントを使っているのがなんとなくこだわりを感じます。

続いてミニ運転列車。

Sr005 外側の線路の保安装置がATC、内側の線路の保安装置がATSとなっています。

あちこちに渡り線があり、また転車台もあったことを考えると定期的に車両を入れ替えて使うことができるのかもしれません。

Sr006 運転台はこんな感じ。

ATC用の速度計になっています。

メーターではかなりの速度が出るように見えますが、90まで加速しても実際のスピードは歩くスピードとさほど変わりません。

ちょっと意地悪をして、速度制限がかかるところをあえてフルノッチで突っ込んでいくとちゃんと常用最大ブレーキがかかるようになっています。

さらに意地悪をして非常ブレーキ段までブレーキを入れると、その場で緊急停車し、ATCの速度表示が一度ゼロを示すようになっていたりします。

前に『編集長敬白』でも、信号暴進(赤信号を突破すること)しようと試したらちゃんと止まったとは言っていましたから、やることは皆同じなのかも(笑)。

Sr007 屋上から撮ったミニ運転列車の全景はこんな感じ。

手前の屋根の下に乗り場となる万世橋駅、左側に汐留駅、奥の木のかげに飯田町駅、右側が両国橋駅となります。

この全景から左に目をやると…

Sr008 きれいに新幹線の写真が撮れたりします。

一応ここはガラス越しになってはいるけれど、新幹線の側壁を越えて撮れるところなんて少ないから、人気スポットになるかもしれません。

写真を撮る人が増えると、窓掃除が大変かもしれません。

Sr009 そのあと外を見るとなにやら準備をしています。

恐らく開館日にやるモニュメントの除幕式の準備でしょうか。

このモニュメントの手前の線路は大宮総合車両センターの試運転線で、時々列車が走ったりします。

結局内覧会として見ることは約2時間ちょっと。

満足に見ることはできなかったけど、だいたい魅力的な展示は見たつもり。

これは博物館側からの、「オープン後も来てね」というメッセージと好意的に捉えておこう。

内覧会で一日中見ることができるならば、オープン後に行かなくてもいいやってなっちゃいますから(笑)。

そのあとさいたま市立博物館に行ってきました。

ここでも鉄道博物館のオープンにあわせて特別展をやっていました。

Sr010 入口にラッピングが施され、ある意味電車のドアに見えてしまうのが何とも…。

駅から歩いて15分くらいですが、行ってみるのもいいかと思います。

鉄道博物館のオープン後レポートは、恐らく年明けになるかも…。

年明けの平日に有給休暇を使っていくといいかもしれないと思っています。

2007年10月11日 (木)

日本鉄道保存協会 総会一日目

日本鉄道保存協会の総会に参加してきた。

この会の中で私は、ナショナルトラストの会員でいつもボランティアに参加していると言うことで、日本鉄道保存協会のオブザーバーという位置づけ。

実は一昨年から3年連続で参加していて、毎年この時期の恒例行事となっている。
Ths004 一昨年は北海道で行われ、JR苗穂工場やSLニセコ号、そして小樽交通記念館(現:小樽市総合博物館)の視察をしてきました。


Photo 昨年は長野県木曽の上松町。
赤沢森林鉄道のボールドウィン、そして王滝村のりんてつ倶楽部の活動を見学してきました。

今年の総会は、都内で開かれ、一日目は総会と懇親会。
二日目は現地視察と言うことで、鉄道博物館の内覧会!
まさかこんな形で内覧会のチケットを入手できてしまうとは…。
総会では、文化庁の調査官の方の講演、そしてパネルディスカッションが行われ、かなり濃い内容でありました。
このあたりは恐らく、レイルマガジンの『編集長敬白』に載るかと思います。

大人しかいないとなれば、当然総会のあとは懇親会。
種村直樹先生をお見かけしたのですが、お話しするチャンスを逸してしまいました。
でもこれだけは言っておこう。

もそもそと苦言を呈するアスキーアートはすごくよくできてる。
懇親会の締めは、会場全体で鉄道唱歌の合唱。
なんとか6番で終わりにしたけれど、宿泊がセットであれば66番(神戸)あたりまで行ってしまいそうな雰囲気でした…。

2007年8月 7日 (火)

機械遺産に25種類が選ばれる

時事通信社の報道によると、日本機械学会が機械遺産を25件選定したそうです。
以下斜字が記事
 日本機械学会は、創立110周年記念事業の一環として、戦後の国産量産旅客機YS11や最初の東海道新幹線車両0系など25件を初の「機械遺産」に認定した。斎藤忍会長(IHI主席技監)が「機械の日」の7日、都内で関係者に認定証を授与した。
 約2年かけて選定作業を行った機械遺産小委員会の堤一郎委員長によると、機械技術の発展史上の重要な成果か、国民生活に貢献した機械や資料などが対象で、独自性も重要な認定基準の一つ。来年以降も追加認定される。

小委員会の委員長を務めた堤先生は産業考古学が専門で、産業考古学会の理事や、日本鉄道保存協会の顧問をされている方。何度かご一緒させていただいたことがありますが、幅広い知識には驚かされるばかり。

日本機械学会が選定した機械遺産25種は日本機械学会のサイトを見ていただくとして…。

一覧を見たところで、この中でプロジェクトXで放送されたのがいくつあったかと考えてしまいました。
私が見たものでは
・ホンダCVCCエンジン
・新幹線
・YS11
なんかがあったような…。

他にも色々と歴史と縁のあるものも含まれています。
依佐美送信所の高周波発電機といえば、真珠湾攻撃の電文『ニイタカヤマノボレ』を発進した設備の一部ではないかと…。
いきなり最初の25件でかなり凄いものが出てきてびっくりしているところもあるのですが…。

2007年8月 6日 (月)

クラシックカーの意外な定義

クラシックカーと聞くとどんな車が思い浮かぶだろうか?
T型フォードみたいないかにも古い車と言うイメージが強いかと思う。
日本クラシックカー協会の定義を見てちょっと驚いてしまいました。

その定義とは…
・1975年までに生産された車両およびその同型車(マイナーチェンジを含む、エンジンも同型車)に限り、1979年までに生産された車両で、付則第1項で認められた車両。
(付則は省略)

この定義に則るとこんな車までクラシックカーになっちゃいます。
・日産スカイラインC10型(通称ケンメリ・ヨンメリ)
・ホンダCIVIC CVCC

パッと浮かぶのはこのくらいですが、もうこのあたりでさえクラシックカーになっちゃうのはある意味驚きです。
ケンメリあたりだとたまに走っているところを見たりもするけど…。

2007年7月23日 (月)

Honda捜索隊

本田技研工業のサイトの中にHonda捜索隊というサイトがある。
なつかしの製品を一般参加で捜索するというもの…。
ツインリンクもてぎの中にコレクションホールを持ち、しかもそこには専属のエンジニアがいて、常に動ける状態で保存しているだけあって、気合の入り方が違いますねぇ…。

捜索対象になっている車・バイクの中には、『シティ』とか『モトコンポ』というものまで…。
ちょっと気になって、先日見かけたホンダZを見てみると、私が見たのと同じ車とおぼしきものの姿が…。

捜索方針と言うのもちゃんと掲げられているところが何とも…。
ホンダには「買って喜び、売って喜び、作って喜ぶ」という3つの喜びと言うモットーがあり、それをちゃんとやっているところに好感が持てます。

車を買うことがあったら、ホンダを買ってしまいそう…。

2007年6月28日 (木)

石見銀山 世界遺産に

本日、世界遺産委員会で、島根県の石見銀山が世界遺産に登録されることが決まりました。

日本では14番目の指定となるようです。
こうなると、恐らく全国から観光客が訪れ、地元は大変なフィーバーとなるような予感が…。
世界遺産を目指す日本遺産というサイトを見ると、これだけ候補に挙がっているものが…。
ここまであるのはちょっと驚きですね。
今現在登録されているものの他に、暫定リストと言うものがあってそれに入っているものが以下の8箇所
・彦根城
・旧富岡製糸場
・平泉
・鎌倉
・富士山
・飛鳥・藤原の宮都と関連資産群
・長崎の教会群とキリスト教関連遺産
・小笠原諸島

次に世界遺産に登録されるのは果たして何なのか?
個人的には富岡製糸場を推したいのですが…。

2007年5月25日 (金)

韮山の反射炉を見にいく

静岡県は伊豆の国市にある韮山反射炉を見にいってきた。

Hansharo 反射炉は、銑鉄から鋼を作るための炉で熱を反射させることから反射炉といわれるようです。

モノとしては現在の製鐵所では転炉と呼ばれるものに当てはまるのではないかと…。

岩手県の釜石から持ってきた銑鉄を精錬して鋼にして大砲を作っていたそうです。

その大砲が据え付けられたのが今のお台場なのだそうだ。

この反射炉に隣接して、反射炉ビアという地ビール醸造元があり、そちらにも寄ってきました。

Hansharobeer今ここで作られているビールは4種類。

・日本酒酵母を使った『大吟醸政子』

・ペールエールの『太郎左衛門』

・ポーターの『頼朝』

・エクストラスペシャルビターの『ESB』

どのビールも味わい深く、また改めてじっくり訪問したいところです。

静岡県東部は反射炉ビアの他、生産量の多さで知られる『御殿場高原ビール』、規模は小さいが知名度のある沼津港の『ベアードビール』、ドイツ大使館がわざわざ買いに来るという富士宮の『バイエルンマイスタービール』など実力派の地ビール醸造所があり、いずれ全部行ってみようかと思っています。

ベアードビールは今まで3回も行っちゃいましたが(^^;;。

2007年5月24日 (木)

怪しい銘板

先日、東京電力の電気の史料館に行ってきたときに見つけたもの。

Emf

ドイツ製の機械についていたものなのですが…。

よく見ると日本語で
『いーゑむ.ふをいと はいでんはいむ市』
と書いてある。

本当にドイツ製の機械なのかちょっと怪しい…。

北海道にはその昔『ライケンハイマー製 米国』とはっきりと日本語で書かれたそれはそれは怪しい機関車があったらしいが…。

2007年2月18日 (日)

浜田駅の転車台

中国新聞の報道によると、近々浜田駅にある転車台が撤去されるようだ。

既に使われなくなって久しいせいか保存の予定もなさそう…。

地元では惜しむ声が出ているそうだ。

確かに私企業からすれば不要なものだし、転車台がある場所の土地の使用用途まで決まっちゃってるみたいだから、現地保存は無理そうだなぁ…。

確か、数年前から大井川鐵道が新金谷駅周辺に設置する転車台を探しているはずなので、とりあえずメールを送ってみたがどうなることやら…。

このニュース、実は尾道の福本渡船(深夜アニメ『かみちゅ!』の渡船のモデルとなった)の事故を調べていたら偶然見つけてしまったもので…。

2007年1月 6日 (土)

猫の駅長

新聞各紙の報道によると、和歌山電鐵の貴志駅に猫の駅長・助役がお目見えしたようです。

報酬はキャットフードと言うことですが、どうやら任命にあわせて立派な駅長室まで作ったようです。

Kotora1 猫駅長と言うとこちらもだいぶ前から知られています。

この猫、名前を『コトラ』といい、岡山県の片上鉄道保存会の会員の飼い猫だそうです。

列車が動く日になると、吉ヶ原駅のホームにつながれています。

この制帽も凝っていて、サイズが小さいながらもちゃんと金の線が2本入っています。Kotora2

実は『コトラ』にはもう1バージョンありまして…。

こっちは制帽ではなくヘルメット着用の姿です。

こっちは猫駅長ならぬ、猫保線区長でしょうか?

この姿で軌道巡回(一般的には散歩と言う?)でもしてくれたら面白いのでしょうが、保存会の人たちも運転日はけっこう忙しいようなので、さすがにそこまでは期待できないでしょう。

片上鉄道保存会は毎月1回第一日曜日にボランティアの手によって列車の展示運転を行っています。

会員は全てボランティアで参加とのことで、どの人も鉄道が好きでやっているような印象でした。

Yanahara 

304+702の2両編成

Kt_3r

DD13551+トラ814+ホハフ2003の3両編成

 

 

1枚が悪天候で、もう1枚がいい天気なのは、私が2回訪問してるからです。

公共交通機関だけでのアクセスは厳しいけれど、機会があればまた行こうかと考えています。

オススメの本